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第28話 器の中身は

「覚悟決めた所で聞きたいんだけど、本当にただの花瓶なのか?」

「そう思ってましたよ」

「植物に縁があって、人里に近いところに住む妖ってどのくらいいるんだ?」

「山ほど」

「やま……! 元凶の特定は無理そうか」

「いかに自分で知覚できぬ程の妖気でも、長い間近くで暮らし続けていたら、何かの形で現れる事は……ある」


 飯が終わってから沈黙を守ってきた師匠が、助け舟を出してくれた。いや、静かだったのは食後の眠気に誘われていただけか。今回ばかりは立炉木の意見を尊重し、極力裏方に徹するつもりでいた師匠に、あらぬ疑いがかかる。


「つまり土地師としての立炉木ではなく、この家で暮らしてきた立炉木として考えた方が良い?」

「む、土地師として力を入れようと思ったのに」


 妖力的な素養で痕跡を辿るのはなく、身近なものの繋がりから辿るということらしい。祓いとしては確かに不服なのだろう。


「良いじゃないか。世話になった家に返す恩に、貴賤は無い筈だ」

「そうですね。何かの形で……無意識下での妖の干渉と言えば……夢ですかね。あっ!」

「何か閃いたのか?」

「いえ、絶対関係無いのでいいです」


 立炉木から関係の有無はさておき、絶対言わないぞという意思が感じ取れる。

 それは立炉木からしてみれば当然のことだった。思い出したのはまさに昨日見た夢で、世夏と庭先で弁当を食べる夢だったからだ。完全に意味が分からないとも言い切れず、話すには絶妙に恥ずかしい事柄だったので、二人から顔をそらす。


「なんで急に拗ねるんだ……?」

「思春期のガキだ。後はお前なら分かるだろ」

「……無いですから、俺にカッコつけて空回った思い出なんて!」

「あるな」

「うむ、絶対ある」


 なんだか近からず遠からずといった勘違いをされ、気を取り直して記憶を掘り起こそうにも、集中を乱される。


「ダメだ、何も出てこないです」


 手掛かり一つ掴めないものかと頭を捻るが浮かばない。そもそもこの花瓶に、何を活けていたのか。何故だろうか、立炉木にはそちらの方が大事な気さえしてきた。


「駄目だ……庭しか出てこない」

「なんで庭?」

「俺も聞きたいです」


 当然世夏に立炉木の意図は分からないが、分からないなりに世夏の意識は庭先に向いた。居間には外へ出られる掃き出し窓が付いている。軒下には大人が寝転がれるくらいの空間があり、玄関から見えた庭木も確認できる。近くで見ると、白い花が陽の光を鮮やかに照り返していた。


「あれは、梅花空木というんですよ。花言葉は――回想、気品」

「そんなことまで知ってるのか!? さすが土地師だ」

「ここら辺には自生してないですけどね。昔教えて貰ったんですよ……誰だったか祖母? いや、男の人だった」


 深妙な面持ちで記憶を辿る。二人の興味がすっかり庭木へと映る一方、立炉木は誰に教えられたのか思い出せないでいた。


「自生してないのになんで一本だけ生えてるんだ……?」

「植物というのは適当に切った枝を挿しといても生えるも――」

「それだー!」


 師匠の言い掛けていた手法はいわゆる挿し木といい、元の木から枝を切って地面に植える事で木が根付く。


「……ほら、立炉木もこう言っておる」


 一瞬立炉木の勢いにたじろいだ師匠だったが、気にせず言い切った。


「俺が子供の頃、ここに生家の木の枝を一本持ってきたんです。ただ、道中で花が枯れないか心配してたら、親が花瓶を買ってくれたんです」

「花瓶自体はほんとに普通の物だったんだな」

「親戚もとても喜んでくれて、家に着いたら庭の一角に埋めたんですよ」

「それがこの木か……」


 梅花空木は立炉木の背を少し越える程の低木で、幹から分かれた先の枝は緑がかっていた。そんな新枝からは小振りの白い花がぽつぽつと咲いていて、静的な力強さが見て取れる。


「花瓶自体も殆ど使うことは無くなっちゃったんですが、久し振りに梅花空木から枝を貰いましょうかね」


 立炉木が立ち上がり、そこらの棚を漁る。手折るのは憚られたのか、手には園芸用の大きめな鋏を持っていた。


「あの花瓶、花を活けても大丈夫かな」

「得体は知れないが程度は知れておる。いざとなったら全て破壊してやる」

「師匠が関わる前に何とかしないと……」


 二人の会話は窓から庭に出た立炉木にも聞こえていた。他愛のない会話を背中に受けて感じた、仲の良さ。立炉木がここに定住すると決めた頃には、顔馴染みと言っていい人間は居なかった。そんな中、いつでも一緒にいる二人が少し羨ましい。


「この枝でいっか」



 立炉木は枝の一本を頂戴し、花瓶を持って台所へと向かった。花瓶に水を注ぎつつ、自分の過去も振思い返していた。立炉木が生まれた頃には、その家系は祓いとしてすっかり落ちぶれた後だった。

 かろうじて続けていた親戚の家に下宿し、自分が復業すると言った時は両親にも驚かれたが、暖かく見送ってくれた。だが、こう故郷と離れて生活していると、ふとした時に寂しくもなる。


「ちょっと水を入れすぎたな……」


 いつの間にか溢れる直前まで注がれた水を半分ほど流し、居間に枝を入れた花瓶を持っていく。


「あ、立炉木! 梅花空木に憑く妖っているのか?」

「そんなピンポイントに憑く妖は知りませんね」

「そっか……良い案だと思ったのに」

「桜や柳にまつわる妖は多いですからね。個人的には――」


 立炉木の言葉は、玄関を叩く音に遮られた。


「帰ってきたぞ。立炉木、家にいるか?」


 世夏と目が合う。言いたいことは立炉木にも分かる。親族に化けて現れる妖は腐るほどいるのだ。しかし、今の声は立炉木の叔父と相違無かった。元から突然に帰ってくる事も無い訳ではない。立炉木は、果たしてこれが本人なのか判断に迷っていた。


「はいはい、居ますよ。今回は実家で何をしてきたんですか?」


 兎にも角にも、玄関の方まで向かう。立炉木の祖母が足を悪くして以降、叔父は出来るだけ故郷から離れないようにしていた。つまり、何かしてきたという返しが来れば、叔父以外の何者かの可能性が高まる。


「留守を任せて長いからな。お前と家の様子を見に帰った。最近はお前の祖母の具合が優れないから、心の準備をしておけよ」

「そんな状況で親を置いて来る性格でしたっけ」


 自分の叔父が情に厚いのは知っているが、タイミングもあって中々信用しきれない。ただ、玄関扉越しに話を続けるのも気が引ける。


「お前の親がお前のことを心配していたからな。元気付けさせるためにも顔を出したのだ」


 本当に本人なのだろうか。ここまで来ると出迎えない方も不自然なので、立炉木はついに玄関の戸を引いた。

 外には、世夏と比べて頭一つ分大きな男がいる。実直であり、活発な大男。出で立ちは記憶の中の叔父そのものだった。


「ん? 履物が多いな。誰かいるのか?」

「あ! 少し人を招いています! 勝手に上げてしまってすいません」

「こっちこそ留守を預かってくれて助かってるんだ、別に構わない」


 ずかずかと廊下を行く叔父の後ろから、その様子を観察する事に集中していた立炉木が慌てて付いていく。


「世夏と言います、お邪魔しています。こっちは従鬼……の師匠です」

「立炉木の親族の人間だな。よろしく」


 居間に戻ると叔父を前に座を正す世夏を見て、密かに安堵する。師匠に関しては、もう生意気な子供がいるという体で納得してもらう。


「……珍しいな、この花瓶に枝が活けてあるのは」

「昔を思い出したんで。ところで、花瓶の柄は何に見えます?」

「無地の青?」

「ちょっと待って下さいね……世夏、紙と書くものありますか?」


 いつも紙札を持ち歩く世夏から紙を貰った立炉木は、花瓶に見えた落書き調の模様を書き写す。


「これに見覚えはあります?」

「見覚えも何も、立炉木の家にある祠に彫られてた気がするけど」

「え、本当? 祟り神とかではないですよね」

「あれは屋敷神だろ」


 あの花瓶に施されたのは封印かどうかという問題は、あっさりと幕引きを迎えた。勿論、なぜ刻まれていたのかという問題は残っているが、それは最優先という物でもない。

 世夏と師匠が立炉木の方を向いているが、叔父と話している事を理由に二人からは目を逸らす。


「ま、まあそれなら……今回、世夏さんが土地師の依頼を手伝ってくれるんで、明日出掛けてきます!」


 視界の端で知り合い二人が見開いた気がするが、特に気にしないでいいだろう。立炉木は、頭を切り替えて今回の依頼に集中する事にした。


「そうか……折角だし千里庵に行ってくるが、お前ら来るか?」

「あ、昼飯はさっき食べちゃいました」


 忙しなく出発する叔父を見送る立炉木。その背中には冷や汗が伝っていた。

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