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第27話 意地と矜持

「世夏、聞こえるか」

「なんで声を潜めてるんだ?やましい事でもしてるみたいじゃないか」

「違う違う、やましいものを探すのだ。立炉木が玄関で待たせようとした理由、その原因を探してみるぞ」


 師匠がこそこそと耳打ちをする段階でそんな気はしていたが、何かしでかされた後では遅いので、世夏が説得に入る。


「師匠、うろちょろしたら怒られるだろ。ここで待ってろと言われたし」

「だからこの部屋内で探すのだ」

「こんな普通の部屋に何かあるか?」


 そう言って軽く見回す世夏の目に映った物は、神棚、掛け軸、花瓶……どれもこれも安易に手を出すと怒られそうだ。


「師匠、絶対荒らすなよ」

「ん? これは……」

「触ったら駄目だからな?」


 部屋を見渡したと思うと、惹かれたように歩いていく師匠。一抹の不安を感じた世夏は、子供のひとり歩きを見守るように、後ろから着いていく。師匠の目に止まったのは、柄の無い陶器の花瓶だった。

 始めは師匠の一挙一動に神経を尖らせていた世夏だが、ふと目先の陶器の違和感に気付く。


「これ……妖の痕跡がある?」


 その花瓶は切り花の二、三本ほどを飾るのに使うような小振りの物で、中には何も生けられては居なかった。日頃から調度品としての役目は果たしていないような、数合わせの陶器にも見えた。しかし、世夏が目を凝らすと、まるで子供の落書きのような、一筆分の違和感がうっすらと刻まれていた。


「これ、元々の柄じゃ……無いよな?」

「よく気付いた。私も部屋に入ってすぐ気付けば良かったが……この家のびみょーな妖気に相まって、少々掛かったわ」


 びみょーな妖気の方は世夏も気付かなかったが、大方は祓いの依頼と共に立炉木が持ち込んだものの事である。そして、開封屋としてこのような器から妖力を感じた場合、やることは一つだった。


「まずは封印の痕跡を調べよう」

「お前、そこまで分かるのか?」


 いや、分からない。すぐに口に出せば良かったのだが、師匠の反応に圧され、思わず喉元で言葉を抑えた。もしかしたら、師匠に頼る姿を立炉木には見せたくない、そう思ってしまったからかもしれない。

 身を硬くする世夏を疑問に感じた師匠が、一言呟いた。


「立炉木のガキの義理立てか? まー、今すぐどうという訳でも無いか。飯の時に話でも聞くとしよう」

「ああ、師匠も空気を読むようになったな! はは……」


 師匠は世夏が人間的な倫理観から動かなかったと判断したらしい。乾いた笑いしか出せなかったのは計算外だが、なんとか誤魔化し通せそうだ。


「お二人さん、変な事してないですよね」

「うわああ! 何もしてないぞ?」

「驚き過ぎですよ……」

「そ、そっちこそ、何で一言目が毎回毎回背中から始まるんだ!」

「今回に限っては壁向いてますし」


 上半身を捻るようにして、立炉木と会話をする世夏。見ている側からすると、何をしようとしていたのか不安になる光景だった。


「飯は出来たか?」


 まずはこの陶器についてだろう。世夏は助け舟でも出してくれるのかと思ったが、こんな時でも師匠はブレなかった。


「まあ、簡単ですけど」

「あと、この花瓶はどこで手に入れたものだ?」


 一応本来の質問も聞いてくれた。応じる立炉木は、予期せぬ問いかけに、宙を見て思案する。


「花瓶? あー、ありましたね……生家ではないので、自分も分からない調度品のが多いんですよね」

「知ってる奴は居ないのか?」


 世夏が二の足を踏んでいる間に、師匠が続けた。言葉選びをまるで気にしていないかのように、淀みなく質問する為、テンポは良いが、そのうち軽はずみな発言を溢してしまうのではないかと不安にさせられる。


「今この街には居ませんよ。自分の一族はここより北の出身なんで……一年ほど前から留守を預かってますね」


 立炉木の言葉の後、沈黙が世夏には重く感じた。手詰まりでは無いにしても、次の言葉に悩んでいると、立炉木が付け足す。


「ま、生活に余裕がある訳でも無かったんで、そこら辺で適当に買ったものだと思いますよ」

「適当に、ね……」

「それに特別な価値でもあったんですか?」

「妖の付けた印を見つけたんだ」


 立炉木はその言葉を聞いて、思わず世夏の肩から身を乗り出して、花瓶を確認した。動作や表情から察するに、気付いてはいなかった様だ。


「とりあえず妖が封じられてるか調べてみよう」

「え、そんな術式あるんですか?」

「え?」


 当然のように話を進めてしまったが、師匠といい立炉木といい、少し反応が大袈裟だ。何より立炉木はあるのか、と聞いてきた。術が存在しているなら使えるか、と聞く方が無難である。世夏はなんだか嫌な予感がした。


「ある……のか? 師匠」

「貴様ら人間にそうそう知る術はないぞ」

「へえ……」


 こんな早くでまかせを言ってバレるとは思っていなかった世夏だった。しかし、胸に妙な違和感が残る。

 世夏の中で封印の事といえば、由来代だ。そう、由来代は封印が解ける時期が分かるなどと翠梨が言っていた記憶がある。



「すまん! なんか、立炉木に良い格好見せたくなって……」

「俗っぽいな」

「見栄っ張りですね」


 先程の事を追及される世夏だったが、いかにもたった今、たまたま気になった事があるように話題を逸らす。


「そういえば立炉木が居間に来た訳だけど、料理は冷めてしまわないのか?」

「あ! それは普通に忘れてました」

「何をしている立炉木、飯にするぞ!」

「良かった……俺もお腹減ってたんだよなー」


 矛先がズレた事に心の中で安堵して世夏が立炉木に付いて行こうとすると、腕を前に出して制止された。


「一人で運べます。座布団についてお待ちを」

「ああ、分かった」


 世夏も反対を押し切ってまで食器を運ぶ気は無かったので、机の前に座り込む。


「何が来るか匂いで当ててやろう。肉野菜炒めだ!」

「当たってると良いな」


 世夏は師匠の言葉を適当に返しつつ、妖の痕跡について考えを巡らせる。

 現状何がされた物なのか判断するのは難しい。情報が少ない上に、土地に起因する文献や考察も、今回は役に立ちそうにない。もっと単純に妖に詳しい人物が必要だ。


「待たせましたね」

「肉野菜炒めだ」

「言っておいて何だが、こういう時は大体簡単な炒め物が出てくる」

「え、何か悪口言われてます?」


 立炉木から、立っている者から座っている者への圧、それ以上の何かを感じた。怖いので先程のやり取りを話し、立炉木の誤解を正す。


「じゃあ、いただきます」


 買い食い常習犯の世夏にとっては手料理を食べる機会は多くない。いや、記憶している中では初めてだった。


「これは……」

「茸があったので、出汁を入れて山菜みたいなニュアンスを出しました……あっ」

「出汁入れて出しましたって、棚から出汁の入れ物を出し入れする必要があるかもな?」

「つまらんぞ世夏」

「ごめんなさい」


 謎の墓穴を掘った立炉木と一緒に嵌まった世夏。一通り言いたい事を言ったが、それだけで会話が繋がる訳でもない。食器の音だけ部屋に響く状況で、世夏は立炉木と料理を交互に見比べていた。立炉木は一人で昼食を取っていたのか、ただただ師匠と世夏を見ている。少し怖い。


「立炉木って料理出来るんだな。また今度作ってくれないかなー」

「自分で作ってください」


 それもそうだな、と世夏は心の中で納得する。また会話が途切れ途切れになってしまう前に、ふと料理が運ばれる前に考えていた事を思い出した。


「あの花瓶……もっと妖に詳しい人に見てもらうってのはどうかな? 今のままだと無害かどうか判別するのは厳しいと思うんだ。それこそ由来代さんとかさ」


 いきなりこんな話をされると思っていなかったのか、多少面食らった様子だが、ひとまずお茶を手に取る立炉木。何を考えていたのか、口に含んでいた分を飲み切ると、真剣な声色で言葉を返す。


「それは、嫌です。自分が世話になっている家には、そして人には自分で報いたい。俺の腕なんて人並みだし、言われるまで違和感に気付く事もなかったですけど、今を逃したら絶対後悔すると思うんです」


 立炉木の言うそれは、世夏には覚えの無い感情だった。しかし、どこか羨ましいとさえ感じる。自分でやる必要はないのかもしれないが、立炉木には義理があるのだろう。


「自己満足かも知れないけど、人生はそういう矜持の積み重ねだと思う……もちろん、世夏が良いならだけど」


 立炉木は自信なさげにこちらを見る。しかし、答えは決まっている。他人任せにしたくない。その気持ちが理由になりうる程に何かと向き合うのを邪魔したくはなかった。何より、世夏もまた晴流傘の祓いなのだ。


「そんな事聞いたら断れる訳ないだろ。俺も、一食の恩には報いるよ。それが俺の矜持だ」

「夜にはまた返してくれるんですか?」

「ちょっ、いや……格好つけさせてくれよ!」


 照れ臭くなり、話を誤魔化す立炉木はともあれ、依頼前にもう一つ、世夏達にはやるべき事が生まれた。

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