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第26話 立炉木の家

 立炉木と別れた翌日、世夏は落ち着きなく部屋を歩き回っていた。


「持ってくものって特にないよな。まあ、札と手帳は持っていくけど。あと財布」

「何かあったら帰ってくれば良い」

「往復が面倒じゃないか?」

「じゃあ戻らないと言って帰れば良い」


 浮き足立つ世夏に返す師匠の言葉は、まるで親の買い物に付き合わされる子供のようにぶっきらぼうだった。


「準備は準備でも、何より大事なのは荷物ではなく心の方だろう。ほら、行くぞ」

「あー、行くか、行こう」


 最後の言葉は師匠に言ったのか、世夏本人に言い聞かせたのか。ともすれば依頼の時より重い一歩目を踏み出した。


「俺って昔も友人がいなかったのかな……」


 約束通り正午に間に合うように出発し、太陽に見下されて世夏が口を開く。なんだかんだ活気ある街を歩くのは楽しいのだが、対照的に世夏は内面を気にしていた。


「面倒くさい性格が嫌いな奴は寄り付かないだろうな」

「なんて酷いことを言うんだ! 人でなし!」

「外見上今は人だ。別に解いても良いが」

「いや、人であれ。頼むから」


 結局いつも通り軽い会話をしていると、待ち合わせの場所に着いた。千里庵の前では相変わらず美味しそうな香りが漂っていた。つい店構えに目を奪われる二人の背中が叩かれる。


「待たせましたか? 行けますよ」

「毎度後ろから来るのか」

「良いでしょ別に」


 ちょうど二人して食べ物の匂いにつられてしまっていたな、と世夏は一人勝手に反省しながら、立炉木に先導される形で街を行く。


「全く聞いてなかったけど、立炉木ってこの街の出身なのか?」

「そうですね。あまり街から出た事もなかったです。割と危険ですから」


 郊外は人の目が行き届いていない場所も多く、油断がならない。立炉木は昔、由来代に助けられたと言っていたが、土地師を志す前なら幼少や少年期に遡りそうだ。

 そんな歳で事件に巻き込まれたら街の外自体嫌いになりそうなものだが、彼は憧れの人と同じく外の世界に目を向ける事を選んだ。


「その郊外を、安全に歩く為に準備するって事だな」

「二人いるので、いつもより楽してやりますよ」

「なんだその意気込みは」


 世夏は前を行く立炉木を見つつ、なんとなく予想を立ててみる。そもそも何人で暮らしているのだろう。すんなり訪問を受け入れてくれた点や、日頃のイメージから勝手に一人暮らしだと思い込んでる節はある。


「今日は夕飯はどうするんだ?」

「仮にも客ですからね……何か作りますよ」


 会話の節々にあるどこか生意気な感じからは立炉木らしさというものを感じ取れる。だが、やはり一度丁寧語が外れたのに戻ってきてしまうのは、なんだかもどかしい。

 世夏が悶々とした表情で立炉木の背中を追い掛けていると、ある家の前で止まった。


「着きましたよ……」


 立炉木宅は、窮屈そうに庭木が数本植わっており、中には塀を越えて隣人の敷地に侵入しようとしている物も見える。一行が玄関先から踏み石を四個ほど跨ぐと、二階建ての家屋の戸に手をかけ、立炉木が一言。


「中を片付けてきて良いですか?」

「え、今からなのか?」


 てっきり昨日の今日でもすんなり入れるだろうとたかをくくっていたのだが、そうはいかないらしい。詮索するのも悪い気がしたので、世夏は意味もなく懐を漁り、時間を潰す素振りを見せる。ただ、すぐ入れない事には小さい妖も不服だったらしい。


「十代半ばのガキが人に気を使うでない。仕方ない、我々が手伝ってやろう」


 少し戸惑う立炉木の中に土足で踏み込んでいく師匠。これには良くないと思った世夏が、行動に移られる前に師匠を捕まえて制止する。


「いやいや、気が済んだらでいいよ、立炉木」

「……用が済んだら、の間違いじゃないですか? まあ、今回は師匠さんの言うとおりかもしれません。お言葉に甘えましょうかね」


 立炉木は疲れてもいないのにため息をつき、かけた手を横に引いた。擦れた戸は高い音を響かせて、二人と家人を出迎える。


「良いらしいぞ、世夏」

「師匠がごり押すからだろ」


 偉そうにする師匠をすかさず諌める。気を良くして欲しくはないが、俺も強引なくらいが良いのかな? 世夏は心の隅で自問する。


「それじゃ、お邪魔します」


 三人同時に履き物を脱ぐには窮屈だった為、立炉木に遅れて中に入る。廊下は途中、階段やトイレを生やして伸びており、突き当たりには居間に続くと思しき戸があった。そこへ向かって真っ直ぐ歩いていく立炉木に続く世夏と師匠。


「まあ、今は自分一人で使わせて貰ってますが、叔母の家に下宿してるんですよ」

「そうか……」


 理由を聞いていいのか判断しかねる世夏。結局上手く話を切り出すことも出来ないまま、毒にも薬にもならないような相槌だけで廊下でのやり取りは終わった。


「片付けがーなんて言うからどんなものかと身構えたけど、普通だな」

「家の隅々まで必要以上に気になりだすのも普通なんですよ!」


 居間の家具は丸い机が一つ、その四方に座布団が一枚ずつ。普通と言うより、住人の質感が見えてこない部屋、と言った方が適切かもしれない。客を迎える前の宿のように整然としていた。

 世夏は、どこか別に書斎のような物があって、そこに土地師としての資料がまとめられているのかと考える。


「ところで立炉木、飯はまだか?」

「世夏さんの師匠って飯のことだと特に図々しいですね!」

「従鬼を連れるにはこういう所も受け入れた方が良いんじゃないか? 多分」


 立炉木は出会った当時は従鬼に固執し、自分のこなす役割に不誠実な所があった。とはいえ、従鬼を連れる事自体は悪いものではない。悪いものではないのだが、立炉木は昔の自分を思い出してか、世夏に渋い顔を向ける。


「頼りっぱなしも良くないですけど、頼られっぱなしは想定してませんでしたよ、もう。師匠さん、夕飯はまだ早いですよ! 昼飯は……え、昼食べてないんです?」

「想定してなかったらごめん……」

「人の言葉の変なとこ借りて返さないでくださいよ! 作りますから、お二人にはここで待ってて貰います!」


 立炉木は力強い足取りで、台所と思しき方へと去っていった。別に見送る必要がある訳でもないのだが、彼の姿が消えたのを見届けてから、師匠の方に振り向いて話し始める。


「今回の立炉木、なんというか勢いがあるな」

「お前の方こそ、この状況を楽しむなんて人間は分からんな」

「楽しむ? 俺がか?」


 そう言われた世夏はピンと来ていない表情を浮かべるが、確かに師匠の目には映っていた。家に招いて世話を焼く立炉木を思い、こちらに笑いかけて来た世夏の顔が。

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