第24話 立炉木と大妖
「最近、街の外を歩いていない気がする」
宿で大の字に寝転ぶ世夏が、天井をまるで鏡に見立てているかのように呟く。
「立て続けで厄介事に捕まって、依頼どころではなかったからな」
「だから、今日は依頼を受けに行くぞ。師匠、この所の運動不足でたるんでないよな?」
「変身すれば誤魔化せるから問題ない」
師匠の幼子の姿は本来の物ではない。しかし、金羊となった時に丸々しているのは出来れば止めて欲しい。師匠が姿を戻してまで何かを行う状況の大半は深刻な場合であるからだ。
「行こう、師匠。夕飯も買ってこよう」
「外食が良いぞ! 駄目か!」
「昨日も食べてきたじゃないか。一昨日なんか胡仰藍邸で寿司の食べ放題を開催してたな」
この前の宴で一番飲み食いしていたのは、紛れもなく一番関係の無い関係者であった師匠だろう。金銭が心許ない訳ではないが、携帯食でやりくりしてた頃に戻れない気がするので浪費は避ける。
「しょうがない、適当な依頼を見繕うか」
師匠を連れて街へ繰り出す。
歴史を感じる街並みも人々の喧騒も、いつも通りである。世夏はこの晴流傘の訪問者であるが、そろそろ当事者を名乗っても良いかもしれない。年中祭りのような一体感にも最近は慣れてきた。
「今日は土地師の人が絡んでないのにしよう」
「お前に人脈のアテはあるのか?」
「……先約があるのにしよう」
世夏が開封屋本部に足を運ぶと、緑色の印が付けられた依頼を探す。しかし、改めて探そうとすると中々見当たらない。土地師があまり受注しないのか、そういったものは人気が高いのか。面倒になって一覧を流し見ていると、興味深い依頼を見つける。
「これ……珍しく挿し絵があるぞ」
「それは六青眼入道。洞窟に根城をもつ大妖ですよ」
世夏は聞き慣れた声を背中に受けて振り返り、その声の主に面と向かって話しかける。
「立炉木! 見ない間にスカした事する様になって」
「世……うるさいわ」
立炉木は世夏に気付かれて名前を呼ぼうとしたが、自分の言葉を食うように突っ込みを入れる。
「で、その依頼を受けるんですか?」
「なるべく相方がいる依頼を探してるんだけど……」
依頼の方に向き直ると、またもや左から右に視線を流す世夏。後方で立炉木が呆れているが、世夏は気付かない。知り合いとの思いがけない再会だったので、「察しが悪いぞ」などの悪態は控えたいが、どうしよう。世夏が振り向くまでの根気比べをする前に、師匠が一言漏らす。
「やれやれ……勘が鈍すぎる」
「どういう事だ師匠、適当言ってるなら怒るからな」
「立炉木はお前の依頼に付いて来てくれるのだろうよ」
立炉木は師匠のフォローに二人から見えないように強く頷く。構ってくれるまでずっと待っていた事がバレているのは気にしない。
「え、一言も聞いてないぞ?」
「言った事を聞いて無いのは、勘とはまた別の問題だ」
「実際立炉木は付いてきてくれるのか?」
「良いですよ……世夏さんは信用できますし」
下手に尻込んで聞き返されるのも恥ずかしかったので、意図的に後半の声を大きくしようとした立炉木。結果的に、普段どれくらいの声量を出してるか、度忘れしたようなバランスになった。
「ところで、立炉木はあれから何件くらい開封屋の依頼を受けたんだ?」
「二件です」
「そんなもんなのか」
思いの外依頼が少なかった。そんな世夏を察してか、立炉木が続ける。
「土地師は開封屋との依頼がメインって訳でもないですし。この前は留往町まで行きましたよ」
「その町ってどこら辺なんだ?」
世夏にはピンと来なかったが、口振りから察するに、大分メジャーな所なのだろう。その様子に気付いた立炉木が簡単に説明してくれる。
「馬車を数回乗り継いだ先にあります。徒歩だと四日とか掛かる所ですね」
「馬車に乗ったのか?」
「その人はガイドを雇いたかったらしいですけど、緊張しましたね。変なこと言ってないか、その次の日は不安でした」
案外しっかり依頼をこなしているようで、世夏は人の事ながら安心した。
「立炉木って図々しいけど細かい事も気にするんだな」
「依頼の出来は気にしますよ!」
それにさても、土地師は色々な事をやっているらしい。世夏が初めてこの街で受けた依頼は、由来代との妖討伐だったが、道行く途中に見える景色や植物を紹介してくれていたのを思い出した。初めての事で緊張していたのも、胡散臭い由来代も、今となってはいい経験だった。
その次の依頼は立炉木と組んだんだっけ。記憶の無かった世夏にも、懐かしい思い出が随分増えた。
「なんか、初めて組んだ時から成長したな」
「他の開封屋の人と依頼を受けた時は真面目って言われましたよ。世夏さんこそ知り合った人には分かりやすく図々しいじゃないですか。構ってあげましょうか?」
真面目の三文字を分かりやすく強調して、立炉木は世夏に返した。
「そ、そんなこと無いぞ! な、師匠?」
「嘘をつけ」
「師匠!」
頼りの綱だと思って居たのは相手の伏兵だったらしい。世夏は他人が分かるか分からないかといった程度に、頬を膨らまして話題を考える。ふと立炉木について、ある事を気付いた。
「そういえば、この前会った時は最後の最後で敬語じゃなくなってたよな」
「気のせいじゃないですか?」
「いやいや、本当だって」
「気のせいじゃないですか?」
「ごり押しするなよ……」
世夏はオウムのようになった立炉木を一旦放っておき、そもそも何が切っ掛けで敬語が抜けたか思い出す。
「……最初は呼び捨てからだった気がするんだよなー」
「一生敬語つけてれば良かった」
「何だっけ……そうだ『あ、ごめん世夏!』とか言って立炉木の敬語が無くなったんだ」
「まあそうなんですけど、敬語使うの堪えられない人みたいになってますね」
「それは良いが、お前ら早く依頼を決めんか」
久々の雑談に花が咲いてしまった所、師匠に注意されてしまった。世夏が緊張しないで話せる知り合いは少ないので、つい話し込んでしまった。ただでさえ長話から急かされる事が多いので、今回のはもう自明であった。
「お師匠さん的には良くても……いや、受けましょう、六青眼入道」
「分かった。またよろしくな、立炉木!」
話を変えるタイミングに乗っかろうと、思い切り良く返事する立炉木。それを受けて世夏も力強く承諾する。
何はともあれ、今回の依頼と相棒が決定した。




