第23話 従礼の儀
「胡仰藍さんがまさかこんな会に呼んでくれるとは思いませんでした、ありがとうございました」
とても感謝しているとは思えない素っ気なさで、世夏が謝辞を述べる。
「そういえば、胡仰藍さんの従鬼が居ませんね。おじいちゃんは入るとき見たけど」
「そこら辺で適当やってるんじゃないですか? 呼べば来ますよ」
従鬼も主人に似る物なのか。最も、この主人は呼んでも来ない。世夏が改めて周りを見渡すと、門下の内の何人かは既に姿はない。王深徳もである。残った人々は、当主としての胡仰藍に用があるのかも知れない。門外の自分が引き留めてても良くないと判断し、世夏もこの場を後にする。
「そろそろ帰りますね。……本当にこれだけの為に呼んだんですか?」
「え? えー……新しく建てた小屋の近くで待っててください。私は門下の話を聞いてますので」
「本当に用事あるんですよね!?」
胡仰藍が笑って世夏を見送る。今の世夏には誤魔化す為に表情を貼っているようにしか見えない。
「行くか、世夏!」
「師匠……酒くさいぞ」
その見た目に似つかわしくない酒気をまとう師匠。昔の伝記では、宴会中に敵を討つ武勇伝が数多く存在するが、世夏には著者の気持ちが分かった気がする。
「気にするな。最初に見掛けた建物に行くんだったか? 李雨旋とか言うのも向かっていたな」
外は麗らかな日和で、長袖である事がちょっとだけ恨めしい。まっすぐ伸びる砂利道が途中で竹の噴水にぶつかる。そこにはまさに今右手へ曲がる人影があった。食後の散歩を楽しむように、李雨旋は欠伸をして道を行く。先程の獣の妖も一緒だ。人に合わせて進んでいるに過ぎないが、牛歩のようにのんびりした足取りに見える。
そういえば、屋敷の扉は無事に済んだようだが、世夏がふと砂利道の脇、刈り込まれた芝に眼を落とす。快晴にも関わらず、ぬかるみを踏みしめたような後が点々と続いていた。
「うわ、芝がボロボロだ……」
屋敷の中も外も少なからず荒れている。後片付けは世夏に関係ないが、李雨旋までも気にしていないように、伸びをして歩いていくのが面白かった。
「あいつは自分の屋敷をどうするつもりか……」
「全くだ。参が居なくなり傷心なのか、あんな者達で代用するとは」
「うわ、急に話に混ざるなよ!」
師匠の言葉に世夏より早く、別の声が答えた。世夏は話し掛けてきた、真っ直ぐ伸ばせば地面に届きそうなくらい長い髪を持つ女性に見覚えがある。
「ゆっくり話に混ざるなど、妖には難しく存ず」
「それは悪かったけど、次々出てくるなって!」
今度は分かりやすく異形の者が現れる。一見すると牛のようだが、妖の身体は三本の足で支えられている。一丁前に着物の袖を通しているので、いずれも前足では無いらしい。
胡仰藍は従鬼を多く従えているが、立ち牛の捌、髪の長い伍は、師匠と会って早々勘違いで揉めていた。その出来事は世夏の記憶にも新しい。
「胡仰藍さんは別に居なくなった妖の代わりに手懐けてる訳じゃないと思うけど」
「伍は胡仰藍が構ってくれないのが退屈で、そのような事を言っておる」
「何を。あの外見からしてお前の立場は危ういぞ」
「私を一緒にする気か!?」
「人の前に現れたのなら、せめて俺を巻き込んで会話してくれよ……」
妖にも寂しさや思慕の情はあるのだろうか。世夏には彼らが、顔馴染みを見掛けてつい出てきてしまったように思えた。
「確かに、一言二言交えて退場する事にしよう」
「やりたい放題だな……」
「少年、胡仰藍が貴様と会ってから、胡仰藍が自ら由来代に会いに行こうとしているのを見掛ける。感謝しているぞ」
誰にも依存したがらず、常に人と距離を置いていた胡仰藍。彼にも多少心境の変化があったのか、思わぬ所で謝辞を受けとる。伍の長い髪は心象と一心同体なのか、会話の節々で風に吹かれるように波打っていた。
「いえ、それほどでも……あれ……」
「本当に話したい事だけ話して去ったな」
「言葉は一人じゃ交わらないんだぞ!」
雲一つない青空に世夏の声が響く。
「何ですか、それ。斬新な告白ですか?」
「あ、胡仰藍さん。用事は終わったんですか?」
「はい……え、芝が酷いことに」
「李さんの胆力の賜物ですね」
胡仰藍もここまで重い足跡を残される事は想定していなかった様子。世夏は軽く聞き流して、歩を進める。
「ところで世夏君、従鬼に興味ありません?」
「世夏は既に私と契約しているぞ」
「正直契約した覚え無いんだけど」
世夏が記憶の無い事に慣れてしまったのもあるが、今更かという話である。そんな世夏と対照的に、師匠は会計で財布が無かったような顔で見つめ返す。
「まあでも、あんな馬ゴリラみたいな従鬼は厳しいです。食事代高そうだし」
「そうだそうだ! きっと食費が嵩むぞ!」
「ちなみに師匠の晩飯は干し肉だからな」
「え、何故?」
李雨旋が従えていた妖は色々厳しそうだが、そもそも師匠が従鬼に反対的なのが世夏には意外だった。
「実は、手違いで滅茶苦茶大きいのと小さいのを確保してしまったんですよね。流石に祓うのも忍びなくて」
「つまり、馬ゴリラじゃない?」
「子馬と大人の中間くらいですね」
「でも飼う場所が……」
「ここで面倒見ますよ」
どうしても世夏に従えて欲しいのか、破格の条件である。そこまでしてくれるのなら、世夏にとっても悪い話ではない。
「それじゃ、ちょっと試してみようかな」
「絶対裏があるぞ! 」
世夏は急にイヤイヤ期に入った師匠を置いて、胡仰藍と会話を進める。
「そういえば、由来代さんとはどんな感じです?」
「彼は特に何てことのない人ですよ」
何というか、とてつもなく冷めた返事だ。そんなつもりで振った訳じゃないのに、伍から聞いた話と違い、世夏は内心焦りだす。
「ただ、私の心の柱となることも無いなら、意識して避ける方が不自然ですからね。最近は言葉くらいは交わしますよ」
「拗れたツンデレか」
「師匠! それを言ってはいけない!」
世夏の突っ込みが胡仰藍のフォローになっているかは微妙な所である。
「師匠さんたら、何を言ってるんだか。そろそろ目的の建物に着きますよ」
近付いて規模が分かりやすくなるにつれ、小屋というのは間違いだと気付かされる。どうやら、ここは獣の妖の厩舎として使う気のようだ。建物の外見からすると十頭以上は入りそうである。しかし、この建物より小さくとも、手前に座る妖の方が、世夏の目を引く。生物として明らかに大きすぎるのだ。李雨旋と先程の妖がこちらを見ている。
「胡仰藍さん。その子は?」
「祓いを始めた親戚の子で、初めて従鬼と契約するんです。暖かい目で見てやってください」
何言ってるんだという眼差しを当主に向ける李雨旋。ここに来て世夏は、なんだか他人の気がしない人物に会えて感激した。
「従えるという獣はそこの奴か?」
李雨旋が厩舎の奥を指す。小振りな栗毛の妖で、パッと目に映る印象では只の野生動物に見えなくもない。
「そうです。世夏、上手く加減してください」
「加減ですか……」
妖札道破の札を取り出すが、これは威力が度を越えかねない。使うに使えない札に、渋い顔でにらめっこする世夏。
「世夏、妖が行ったぞ!」
世夏に向けて駆けてくる妖が目の前まで迫っていた。紙一重で横に避けるが、直撃していたら二日三日で治せる傷では済まなそうだ。
「ありゃ、思ったより手こずりそうですね」
「妖札道破……彼の妖力ならあの妖くらい簡単に滅すだろうな」
「ま、祓う為の術式しか知らんからな。世夏ー! 間違って倒してしまっても良いのだぞー」
また皆が観客にまわり、自分がステージに立たされる。そう言えば、先程王深徳が使った妖力縮図という陣。あれはこの札とよく似た紋様が描かれていたが、術後の大きな疲労感はなかった。よく似ている二つの術式だが、僅かな違いがヒントになるかもしれない。世夏はあの陣を細部まで思い出す。
「……外側の赤い印か?」
札で左の親指を切る。鋭い痛みが走るが、しっかり血管まで届いたらしい。一方で、獣の妖も体勢を立て直し、再び突進を仕掛けてくる様だ。
「何もしない者に忠誠を示すほど甘くないぞ」
妖が服従すれば、従礼の儀は成功する。確かに腕を口に突っ込んでも挑戦にはなるのか。しかし、世夏もそこまで無謀な計画は実行しない。
「……これで妖力が跳ね返ってきたりしたら、どうしようか」
世夏は妖札道破の札に、妖力縮図の陣にあった四隅の印を書き足した。これも中々一か八かではあるが、賭けに出る。
「ここに古くからの標を示す……頼む、書き足された新しき印よ、その一部を塞き止めてくれ!」
世夏の視界を目映く照らす。過去の戦闘で幾度となく経験してきた物だ。しかし、今回は何も変わらないのだろうか。
「あれだけの妖力で気絶するだけで済んでいる……?」
「気絶……? って事は成功か! やった!」
世夏の目前に迫っていた妖が、今は後ろに弾かれて目を回している。
「喜ぶ前に儀を済ませろ!」
「す、すいません!」
李雨旋に反射的に謝る世夏。この術を使った後にここまではしゃぐ力が残っている事が、今回の成功ーー急ごしらえの、威力を落とした妖札道破の完成の証明となっていた。
「じゃあ、この子は私が世話しておきます。はい、今日は本当にお疲れ様です」
「お疲れ様です、また来ます!」
今日は色々な事があったが、世夏は無事に従礼の儀に成功し、胡仰藍と李雨旋に送られて胡仰藍邸を後にする。
「……何だったんだ、あの少年は。門下では無い様だが」
「面白いでしょ、最近見つけたんです」
「術の改変がどれだけ難しい事か、自覚がないのか?」
「まあ、まだ駆け出しですからね」
世夏が帰路に着いた頃、別の場所ではとある祓いが親に迎えられ、家に上がっていた。
「深徳、ちゃんと胡仰藍さんに挨拶は出来たかい?」
「うん。今日は寝るよ」
父に呼び掛けられても振り向く事のなかったその顔は、怨霊に取り憑かれたように険しく、怒りを宿していた。




