第21話 厄介な同業者
「やあ、君は何処の家の者だい?」
食事を楽しむ師匠の横で、世夏は気さくな様子の男に話し掛けられる。
「初めまして、世夏と言います」
「世……祓い名じゃなく、何処の家かだよ。呂家や李家みたいな。教えたくないなら無理にとは言わないけど」
「それは……いやっ……」
てっきり普通に名乗ったつもりであった世夏は、宿の部屋を違えたような動揺ぶりを見せる。
「え、せ……世夏です!」
「分かってるってば」
「あ、あれは師匠です!」
世夏はおもむろに玉子焼きを残す不届き者を指差す。そうだ、師匠なら何か知ってるかも。一縷の希望を抱いて口を開く。
「師匠、名前は?」
「隣星」
「師匠の名前は良いんだ! 話を聞いてなかったのか?」
師匠は、世夏の問い掛けに真っ正面から見つめ返す。
「えー……」
師匠が言葉に詰まり、机上の何かに助けを求める。
「よし」
師匠は、意を決した様に手を伸ばすと、玉子を手に取り、食べた。
「あの、ひょっとして馬鹿にしてます?」
「いや! 違うんだ、俺はこの名前が自分の本名だと思ってて、実の名は誰も知らないと言うか……」
世夏は自分で口に出して少し傷付く。人間は不思議な生き物で、言葉として発する事でーー発声し、耳から再び聞き入れる事で、自分が言った事の意味を意識する。自分が何処に辿り着くのか、世夏はまた道のりが遠のいた気持ちに陥った。
時たまネガティブになる世夏の事などいざ知らず、師匠は二貫目の玉子焼きを口の中に押し込んでいる。
「言い訳は色々あるでしょうが、記憶喪失ですか。それなら僕の家を知らないのも納得です。所詮すぐ忘れられる末端の存在だ」
「別にはぐらかそうとしてる訳ではなくて……」
捲し立てる言葉を受けて、反射的に世夏は身構える。仮に悪意だけ吸い取るスポンジという物があれば、こんな感じなのだろうか。
「それじゃ……これを!」
男が懐から紙を取り出し、目の前に投げる。世夏は咄嗟にはたき落とそうとしたが、そもそも届く事は無かった。机の上に落ちたそれは、陣を上に向けて座布団程の大きさに広がった。
「これは?」
「妖力宿図。妖力を測る道具ですよ」
「使えって事か?」
「そう。仮に僕より弱ければ、貴方はここに相応しくない。帰って貰います」
元々妖怪調伏オーディションの事など全く聞かされてなかった世夏。ここに相応しいどころか関係も無く、胡仰藍の姿が見えないので帰ろうか迷っていたのだが、ここまで言われるとそれなりに見栄を張りたくなる。
「皆さん、祓いの基本道具、妖力宿図を用いて妖力試しを行いたいと思います。腕に覚えがあるのはこの男。一門と言えども名前を明かす気は無い新米術士です」
「え、ちょっと!」
前ぶれなく人目を引く男に対し、世夏は落ち着かない様子で辺りを見回す。
「どうせ身の程知らずの若い奴が張り切って空回りするんだろ」
「知らん奴の紹介なら知らない所で勝手に終わらせとけよ」
男の余計な一言で外野がにわかに騒がしくなってくる。……心配だ。師匠にしてみれば、このような状況において、世夏が本気を出し切れるかも定かではない。
「さあ、この陣の上に手をかざしてみてください」
少なくとも世夏はこの陣を知らない。だが、どことなく妖札道破と似ている。持っている妖力をまとめて放出する技であるが、そこまで凶悪な物では無い。陣は罠では無さそうだと踏み、手をかざす。
「良い感じです。さあ、赤茶色位にはなりますかね?」
「赤茶色? 何の話ですか?」
この男が前置きなく衆目を集めた事から、世夏はやや不機嫌に聞き返す。
「この陣は受けた妖力を色で返します。並の祓いなら黄土か……赤茶色が多いですかね。この一門で名を上げるなら赤。まあ深紅に染めて貰いたいですが」
この一門の事は全く考えていないが、世夏は一応心に留めておく事に決めた。そう思っている内にも、色の変化に世夏が気付く。水を垂らした様に陣の輪郭を染めて行き、現れたのは淡い黄色だった。
「これは……一般人と同程度じゃないですか。ここに招かれた事が驚きですね」
彼が指しているのは晴流傘の北に住むような人々だろう。しかし、それは本当だろうか。納得する前に世夏は周囲の人々の様子を伺う。
「本当に低いな。あの陣は妖力を意図的に抑えれたっけ」
「いやあ、素だろ。俺のが全然高いぜ」
妖力が祓いの基準に達しない程と言うのは、反応的に間違いないのか? 世夏は陣にかざしていない左手で額を拭う。妖を祓う時とは違った、嫌な緊張感だ。
「ん? 世夏、妙な妖を連れているな」
世夏が上体を捻り師匠に目をやると、突然お尻を向けられた。師匠の初めての行為に困惑していると、人型のまま金色の尻尾を現し、世夏の背中を撫で付ける。
「うわ、尻尾!」
世夏が驚いていると、背中から薄っぺらの女のような妖が剥がれ落ちる。
「え、何時から居たんだこいつ」
「王深徳様、バレました……」
「バレた上でこっちに来るなよ馬鹿!」
どうやら背中に憑いていたのは、最初に世夏に近付いた男ーー王深徳の従える妖だったらしい。それはそれで驚きだが、世夏にとっては師匠が一部獣に戻れる事が衝撃だった。
「ずっと人の姿でいたせいか、まあまあ馴染んできたわ」
「でも、羊にそんな長い尻尾は無いだろ」
「家畜と一緒にするな。あやつらは切られてあの長さなのだ」
世夏は一昨日の師匠の姿を思い出す。長く洞窟内にいた為、師匠をちゃんと視界に収めていた訳では無かった。しかし、身体の半分ほどはある立派な尻尾が確かにあったかもしれない。
「おい、あの陣の色……」
胡仰藍の門下の一人が声をあげる。先程は、こっちのやり取りには興味無しといった具合に酒を入れていた男だ。もしかして、何かあったのかも。彼の声に世夏は、ほんの少し期待を込めて机に目を落とす。だが、世夏の思い虚しく黄色い光で照らし返される。全く、せめてややこしい反応をしないでくれ。世夏の気持ちは冷めきった。
「李殿も興味を引きましたか? 才の無さを下らない芸で補う二人組に」
「才が無いのは貴様らだろう……! あれは黄色ではない」
名を呼ばれた男には悪いが、至近距離で見ている世夏にも、先程と違いがよく分からない。最初の男はこっちに言った訳では無いのだが、才が無いという言葉が今の世夏には良く響く。
「ふっ……くしゅ! 師匠、変なのを追い払ってくれたのは良いんだけど、毛がこっちまで飛んできてるぞ。換毛期って奴か?」
「そうだな、甘んじて堪えよ」
世夏は溜め息をつく。どこか上からな師匠が気に入らない様子だ。
「寿司に毛が入るぞ?」
「何! そ、そんな馬鹿な!」
しょうもない事で慌てる師匠は置いておき、世夏の鼻先をくすぐった金色の毛を回収する。不意にその毛と陣の色を見比べようとした時、世夏の後方ーー屋敷の奥から拍手が聞こえる。
「それは黄金の陣ですね。事あるごとに楽しそうで、全く。目を離してられませんね」
この屋敷の当主、胡仰藍が現れた。世夏にしてみれば、招待したなら勝手に居なくならないで欲しい所である。
「楽しくないですよ! 変な妖に絡まれるし」
「変な妖?」
「胡仰藍さん! あの男の気のせいです。お待ちしておりました!」
二人の会話を食い気味に王深徳が入り込んでくる。
「んー……王のご子息ですか。大きくなりましたね」
形式張ったやり取りにはまるで興味無いと言う事を、胡仰藍の顔が物語っている。だが、王深徳は気付いていないのか、それとも意に介していないだけなのか、話を続ける。
「はい、王深徳です! 今日はお会いしたら挨拶をするようにと父からーー」
「ああ、そんな名前でしたね。今従える獣を一体、持ってきたので後でゆっくり話しましょう」
先程の会話を知ってか知らずか、胡仰藍が無慈悲に言葉を放つ。世夏には、胡仰藍が敢えて余計な一言とも取れる言葉を添え、主導権を握りに行った様にも見えた。
「あいつ、もっと喋り方に気を付けるべきだと思うのだが」
「師匠は人の事言えないと思うぞ」




