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第20話 胡仰藍邸再訪

 晴流傘南のとある屋敷にて、人から借りた式達は、敷地の一角にある物を建てていた。屋敷の当主は酒を開けつつその様子を眺めている。


「この調子なら計画通りに終わりそうですね。お前ら、私の館はどうでしたか? ……まあ式が分かる訳ないか」


 胡仰藍が庭から屋敷へ帰り際に溢す。後ろで何体か頷いているが、彼の知るところではない。


「今更ながら、完成祝いに誰か呼びたくなって来ましたね。二日後に呼んでも空いてそうな人……」


 胡仰藍の脳裏に人の良さそうな青年の顔が浮かぶ。




「あのー、誰かいますか……」

「時間通りとは素晴らしいですね」


 言伝の通り胡仰藍邸の門の前まで足を運んで来た世夏と師匠。おおよそ屋敷まで聞こえる声量では無かったが、待っていたかの様に胡仰藍が二人の前に姿を現す。


「主自ら出迎えとは、相変わらず人手不足が目立つな」

「別に、式と従鬼さえいれば、他の者にさして期待などしてませんよ」


 胡仰藍にしてみれば、自分の才能は一人では持て余す物だった。自分の道を他人がぞろぞろ付いてこようが、毒にも薬にもなる訳ではない。そう思っていた。


「……やっぱり詠煙さんとは違うな。相変わらずひねくれてますね」

「祓いはおかしい奴ばっかりだからな。あの姉妹が浮いてるだけだろ」


 胡仰藍としてはあの姉妹も割とぶっ飛んでる節があるのだが、口出しはしなかった。


「……あの姉妹と会ったんですね。いやはや、あそこの式は使いやすくて良い」

「他人に期待はしてないんじゃなかったか?」

「別に、使えるものは使いますよ。見栄を張った所で、この紙術も、水術も、破病の術さえも、所詮は誰かの真似事に過ぎませんし」


 師匠の表情から、この返答に納得していないのは火を見るより明らかであるが、胡仰藍も今日は口論をする為に二人を呼んだ訳ではない。


「まあ、立ち話もなんですし、こっちに来て下さい」

「お邪魔します……あれ、あんな建物ありましたっけ?」

「無かったですよ。これから披露宴ですし」


 それとなく、周りを見渡す世夏。宴と言う割には自分の他に人はいない。


「宴なら酒と料理を持ってこんか」

「やれやれ。肆、この図々しい客人を持っていきなさい」

「承知した」


 主の命を受けて、従鬼が二人の前に現れる。いつか見た、老人の姿をした妖だ。


「手を離すなよ、世夏」

「名前覚えて……うわ!」


 胡仰藍の四番目の従鬼は、二人の手を取ると屋敷の方まで引いていく。その速度は目を見張るもので、一見すると水平に飛ばされたと誤解してもおかしくはない。


「そうだ……肆の送迎はこんな感じだったんだ」

「それより、この扉の裏にご馳走は待っていると思うか?」


 師匠にとって重要なのは飲食の二文字だけらしい。嗅覚から何かを感じ取れないか、しきりに匂いを探しているが、年相応と言うか外見相応の振る舞いをしているのは中々微笑ましい。


「今開けますよ」


 一歩遅れて胡仰藍と肆が後ろから現れる。正面の扉を開くと、数人の術士がこちらを見る。胡仰藍は門下の視線を意に介する事もなく、真ん中へと歩を進める。その途中には、師匠の目的の物もあった。


「寿司があるぞ! 玉子とイクラと数の子はやろう」

「師匠、こう言うのは人の話が終わるまで食べちゃダメだ! あと卵を避けるな!」


 てっきり胡仰藍しか居ないと思っていた世夏は、悪目立ちを避ける為師匠を抱えて制止する。


「今日はお越し頂き感謝申し上げます。前々からお話ししていた通り、我々破術一門は他の街の呪具を仕入れる為、独自のルートを開拓する」

「胡仰藍さんって呪術士の当主だよな。なんか、商売人みたいな事言ってるな」


 胡仰藍の話が始まり、世夏はこっそり師匠に耳打ちする。


「元々この街は祓いへの風当たりが強い。それに加え、最近では郊外での積み荷の襲撃事件が増えています」


 胡仰藍の言葉には世夏も思い当たる節がある。前に利用した食事処では、頼んだ料理の材料が街に届いておらず、食べる事が叶わなかった。御者のミスだと説明されたが、恐らく今回の話と関係があるのだろう。


「祓いの道具は仕入れられる場所が限られます。リスクを負ってわざわざ晴流傘南の為に動いてくれる商人は、多くありません」


 危険な郊外で余計に回る場所が増えるのに、買い取るのは一部の変わった界隈の者のみ。それならば、日常品等を仕入れて最短のルートで戻って来るだけの方が安全だし、確実だ。世夏にも分からない話ではない。しかし、祓いにとっては致命的である。


「しかし、これは必然の流れです。となれば、我々は祓いがこの状況を打開する必要がある」


 胡仰藍の話に皆聞き入っているのか、彼が間を取るとこの場には静寂だけが残る。


「……あなた方に、祓いの道具の流通を担って頂きたい。優れた術士の皆様なら、不測の事態だとしても、常に最良の判断を下してくれるでしょう。その為に私の用意した妖を従鬼として手懐けて下さい。あちらの晴流傘が拒否してきた妖の力を借りて、こっちは好きにやらせて頂きましょう」


 胡仰藍の言うあちら、とは北の晴流傘の事だ。依然この街では、妖に関連する出来事を一般人は忌避し続けている。だからと言ってこの街の祓いの水準が低い訳ではない。獣の妖を調伏し、物品の運搬に利用できれば荷馬車より効率良く、他の勢力に一門の力も見せつける良い機会である。門下の拍手に包まれて、計画を実行する時であると胡仰藍は確信を持った。


「皆さん、お待たせしました。それではご歓談をお楽しみください」


 胡仰藍の視界の隅で、誰よりも早く食事にがっつく世夏の師匠。改めて見ても、ただの子供にしか思えない。プライドの高い、血気盛んな門下が余計な事をしなければ良いが。まあ、そうなったら何とかして貰うだけの話。


「そう言えば、詠煙の門下が水術の札を何に使ったのか、世夏君に聞いてみれば良かったですね……」


 そんな事を呟く胡仰藍に、誰か話し掛けてくる訳でもなく、そのまま一人屋敷の広間から消えていった。

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