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第18話 晴流傘の祓い達

 完全な誤解という訳ではないが、詠玖の思惑を知った詠煙。


「成程……詠玖、私だって言ってくれれば力になるよ」


 世夏は無言で頷く。内心何でも力を貸せば良いという訳では無いと思っていたが、流石にこんな状況で口出し出来る度胸は持ってなかった。


「まあ、飛桃も行方が知れないし、寂しさを感じていたのは確かか……世夏、と呼ばれていたな。ちょっと良いか」

「はい!」


 先生に呼び出されたかのような返事で世夏が応える。


「良ければこれからもたまに顔を出してくれると助かる。妹は根が甘えん坊な癖に中々表に出す事が無くてな」

「詠煙も人がいるとガキっぽいこと言わないもんね」

「お前……」


 妹の照れ隠しは姉には伝わらなかったのか、詠煙の顔が曇った。


「じゃあ、俺はそろそろ……」

「む? 帰る気か?」

「逆に帰れないのか!?」

「女の子を公衆の面前で抱き上げた罪は軽くないぞ」


 世夏は改めて今朝の出来事を振り返る。師匠を喜ばせたかったのに、とんでもなく裏目に出てしまった。屋台が繁盛しすぎるのも考えものだ。


「そういえば、あの時はいつにもまして人だかりが騒がしかったかも」

「私の居るところに騒ぎあり」

「美味美味……って、騒ぎの原因は貴様だったと?」


 師匠はいつの間にか、詠玖に出されたお菓子を頬張っている。こっちはこっちで妹が増えた気分にでも浸っているのだろうか。


「自分で言うのもなんだが、割と名は知れていると思ったのだが」


 詠煙が口を出す。世夏は初対面かつ二人の噂を聞いた事も無いが、ただエキゾチックな大きい館を持っているだけではないようだ。


「由来代さんとか胡仰藍さんは知ってますけど」


 世夏は晴流傘で知った名前を並べていく。知名度と言うより出会った人というだけのような気もするが、考えてみればこの街で情報という情報を仕入れた事もないので仕方ない。


「それはまあ有名だな」

「……立炉木と翠梨さん」

「んあ? 誰と誰だって?」


 本当に知り合いの名前を挙げると全くピンとこなかった様子の詠煙。しかし、彼女なりのプライドがあるようだ。由来代と胡仰藍を知っている事が分かると、自分を知らないのが気に入らなかったのか、軽く鼻を鳴らす。


「しょうがない、祓いの顔役である私による、偏見と独断にまみれた晴流傘南の勢力図を説明してやろう!」

「図と言っておいて図解しないのか」

「うるさいうるさい、異論は聞こえないし図は用意しない」

「しっかり聞こえてるでないか」


 世夏は子供の自由時間を見ている気分になったが、片や自称数百年生きる妖怪、片や自称晴流傘の顔役である。


「そう言えば、二人は何歳なんだ?」

「そりゃお兄ちゃんより年上な訳ないよ」

「レディに詮索するな若造!」


 姉妹で全く息が合わない二人。ここでは何故か妹モードに入った詠玖よりは、突っ込みで実年齢を醸し出している詠煙の方が参考になりそうだ。


「本題に戻るぞ。準備は良いか?」

「いや、もう一個良いかな。なんで晴流傘を南北で区切るんだ? 地理的にも何かあるわけじゃなさそうなのに、建物でも分かたれているし」

「そこからなのか? そりゃ、北は一般の人が住んでるからな」


 一般、と言うのは祓いに関係しない人々の事だろう。世夏も薄々勘づいてはいたのだが、それにしても物理的に壁が存在しているのは少しショックだ。そんなに忌避しないでも良いのに。思わず師匠に目を落とすと、少し気まずそうに目をそらす。


「そんな目で見てもお菓子はやらん……いや、分からない話では無いだろう。種族より馴れ合いとしての仲間意識が強いからな」


 しかし、開封屋に成りたくて成った訳では無い。少なくとも、記憶を失った後の世夏にしてみれば、開封屋としての道具を持っていた上で、行き倒れる訳にも行かず、依頼を受けたに過ぎない。だが、それも言ったところで何かになる訳でもないのも確かである。


「人に嫌われるのは嫌か、世夏」


 詠煙が世夏を見兼ねて口を出す。すると、一瞬世夏は妙な違和感を覚えた。まるで既視感に似た引っ掛かりなのだが、思い出せない。もしかしたら、記憶を失う前の出来事なのかもしれない。


「その言葉、聞き覚えがあるかも……!」

「マジか、今のなし。考え直す」


 何処で聞いたのかはさておき、詠煙の言葉にも一理ある。そこまで単純じゃないとしても、ここで悩んでいたら立炉木に小言を挟まれるだろう。他人の事は励ましてくれても、自分の事は決めきれないんですね、とか。


「それはそうと、偏見と独断にまみれた晴流傘の紹介はまだか?」

「そうだったな」


 結局新しい言葉は見つからないまま詠煙の説明が始まる。


「始めに、さっき話した通りこの街は北と南に別れている。唯一繋がってるのは土地師の本部だな。例に漏れず建物で区切られた晴流傘だが、最西部に位置するあの場所は、中が通り抜け出来る」


 土地師だけ待遇が良いというか、それなら開封屋の建物も貫通させてしまえば良いのに、と世夏は思った。続く詠煙の言葉はまさしくその疑問に答えるものである。


「祓いとは言っても、土地師は地域の便利屋とか用心棒みたいな性質があるからな。他は普通に関わりたがらない人が多いが、逆に専門のトラブルを放置されても困るからな、後始末的な意味で」


 土地師組合を通して様々な依頼事を取り扱っていると言う事だ。立炉木も試験に受かったやら、資格を取ったやら言っていた気がする。それに比べて、開封屋は自ら名乗って依頼を受ければ成立する。直営の宿で腕試しをさせられたが、そうでもない限りは実力も関係ない様子だった。難しすぎる依頼は突っぱねられそうだが。退治人の事はよく分からないが、扱いを見るに開封屋とさして変わらずざっくりした裁定なのだろうか。


「まあ、開封屋は土地師と組む事もあるし、退治人も土地師組合から依頼を貰う事もあるから、お互い土地師に対しては悪い仲ではないな」

「土地師に対しては?」

「退治人と開封屋は往々にして仲が悪い」


 世夏が言いづらかった事をズバリ言ってくる詠煙。よくよく考えると、晴流傘の南通りを歩く時、やけに人に見られた気もする。胡仰藍の屋敷では、従鬼がとうとう開封屋と手を組んだか、と言っていた。世夏にしてみれば、従鬼も口出す程度には一般的な事実である事が驚きだ。


「世夏よ、やはりあそこまで恩返しする必要は無かったんじゃないか?」

「うーん……いや、やっぱり助けられた以上、何もしないのはモヤモヤする」

「退治人に恩を売られたのか? 利息が付かない内に返しとければ気分的にスカッとするよな」

「そう言う意味じゃ……」


 どうやら退治人と仲が悪い開封屋というのは、詠煙も例外ではないらしい。世夏に笑いかけると、話を戻して続ける。


「で、土地師はまあ由来代が頭一つ抜けてる。他が低いとも言えるがな。まあ、土地師が祓いとして退治人や開封屋に並べる事が驚異的だ」


 何故か身内が褒められている気みたいで世夏も悪い気はしない。聞き返して来る事は無いと踏んだのか、詠煙がそのまま話を進めていく。


「開封屋は退治人程の数はいないが、そこそこ良いのがいるぞ。まず私、詠煙。あとおまけに詠玖」

「おまけにしないで」

「後は最近行方不明の寂明。我ら三名で壊痛術士スリートップだ」

「尚の事おまけにしない方が良いじゃないか」

「さっきも行方不明の人居ませんでした?」


 世夏が以前ざっくり聞いた所だと、呪術士は紙や陣に頼らず、純粋な呪力の発信が出来た筈。先程の戦いで、詠煙は式を駆使していたが、あれは腕試しだった事が予想される。全力で行くと言ってはいたが、奥の手……と言うより、本来の技は見せる気無かったのだろうか。


「お前の技はぺちゃんこ人形だけじゃないのか」

「胡仰藍も紙術は得意だしな。お師匠さんも、まだまだやれそうだっただろ?」

「ふん、貴様は私どころか世夏の技さえ知らんだろうが」


 師匠が世夏にちょっとしつこいくらいの目配せをしてくる。さっきへっぽこ陣術呼ばわりしたのは誰だと言いたくなったが、本人は覚えていなさそうだ。


「まあ、この羊ちゃんを従えてるくらいだし、お兄ちゃんも相応に強いよね」

「お前、私の正体を……」

「あれ、師匠って変化する鬼じゃないのか?」

「何故貴様が勘違いしておるのだ」


 師匠の変化には世夏も世話になっているが、詠玖の前で使ったのは巨人の姿だけである。山勘にしてもそうそうお目にかかる種族では無いので、師匠は詠玖に疑惑の視線を向けた。こんな時でも表情をあからさまに変えるのはある意味流石だ。


「嫌そうな顔しないでよ、羊ちゃんは私の妹なんだから」

「私を勝手に家系図へ入れるな」


 詠玖が話に混ざり、師匠と騒ぎだした。また詠煙が喋れなくなりそうだと世夏が思っていると、少し遠いところで何かが叩かれる音がした。


「む! 三人とも、客間に行くぞ」

「どうやっ……ええ!?」


 詠煙が物音に気づくと、立ち上がって部屋側面の姿見を押す。すると、鏡が横に回転して部屋と部屋を繋ぐ通路が露になった。


「外観は異国風なのに、中はからくり屋敷みたいだ……」

「部屋に扉があるなら使えば良いものを」


 当主が行ってしまったのを見送る訳にも行かず、二人とも詠煙の後を付いていく。


「閉めたぞ」


 最後尾の詠玖が壁を元通りに直す。その口調には初めて会った時を彷彿とさせる、妙な存在感があった。どうやらごっこ遊びは終わったらしい。

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