第16話 子供が一人、二人
とある昼下がり。晴流傘の大通りに構える屋台の前には、大勢の人が立ち並ぶ。しかし、世夏と師匠はあまり混雑具合から、一度もこの場所で食べた事がなかった。だが、今日はいくら並んでもここで食事を取るのだ。香りだけは良く知っているが、一度もお目に掛かっていない料理達。今回は、その誘惑に負けようと言う訳だ。
「おい、私の前に立ち塞がるな。何も見えんだろうが」
「師匠の身長じゃ俺が居なくても見えないだろ」
前の人が徐々に捌けてきて、身長が高くはない世夏でも何とか屋台の様子が見えるようにはなってきた。しかし、今回は人の多さ以上に何だか騒がしい。
「それは置いといて邪魔なのだ」
「そうだな……これでどうだ!」
世夏はふと考える。見えなくても避けてほしい師匠だが、屋台は気になる筈だ。ここは師匠を喜ばせてあげよう、と。後ろを振り向き、幼女を持ち上げて、屋台を見せる。高い高いをしている形になった。
「お前は私を大きさでしか判断していないのか」
しかし、師匠の声は変わらず下の方から聞こえてくる。
「お前はいつ私の弟子になったんだ?」
「世夏、やはりそういう気質が……」
「え? ……ええ!?」
師匠と背格好の似た別の子が近くにいるとは夢にも思わず、よりによって人を間違えてしまった。
「すいません……」
「下ろせ」
「はい」
年不相応にドスを利かせて話す子供。怒っているか恥ずかしがっているかは判断に困る表情だったが、大部分は世夏に引いている様子だった。
若干ソワソワしつつ屋台の列で待ちつつ、自分の番が来たので料理を購入する。本当に長く感じた待ち時間だった。世夏がそろそろと居なくなろうかと考えていると、師匠と間違えた子に話し掛けられる。
「おい、この後用事は?」
「特に無いです」
「成る程、来い」
少し負い目も感じていた世夏は、言われるまま彼女に付いていった。師匠もまた、世夏が楽しんでいるならいっか、面白そうだし、と特に口を出すことは無かった。
「ちょっと待ってて。今詠煙に話を通すから」
連れられて来た館は、教会をモチーフにしている様で、この辺りではあまり見掛けないデザインだった。特別階層が多い訳ではないが、上に高く伸びた外観をしており、周りの建物と比べても異彩を放っている。
「お待たせ」
「全然待ってないよ」
世夏を連れてきた少女は、一人建物の中に消えたが、すぐ戻ってきた。仮にこっそり帰ろうと思ったとしても、そんな暇も無さそうだった。
「会って話がしたいって」
「詠煙、この館のご主人かな?」
「多分な」
世夏達が足を踏み入れると、向かって正面に縦に長いステンドグラスが取り付けられており、薄暗い室内に神秘的な輝きを放つ。
「おい、詠玖。その青年はなんだ?」
「諸事情で手に入れた」
「あまり危ない橋は渡るなよ?」
世夏を連れてきた女の子が、とても顔の似た子に注意される。姉妹か、もっと言えば双子のように見える。詠玖に、詠煙。名前もそれっぽい。
「心配しないで。不敬を帳消しにしてるだけ」
いまいち良く分からなかったのか、怪訝な顔で少女に見比べられる。世夏も状況が飲み込めず困惑しているのだが、客観的には女の子三人に取り囲まれているという、不思議な絵面である。
「最近は五日祭の後で祓いの依頼も多い。警戒は怠らずな」
「詠煙が居れば街中は何とかなる。郊外は知らない」
顔がそっくりなので予想はついていたが、二人は姉妹の様だ。世夏が誤って抱き上げた方、詠玖はもう一人に比べると、自分勝手な雰囲気である。どことなく似た……と言うか世夏が思い切り人違いをした師匠は、隣で隠す様子もなく、気怠げに欠伸を見せる。
「あの、二人は開封屋なんですか?」
「知らなかったのか惚けているのか、そうだ。そっちこそ開封屋の様だな。……どうせだし、どの程度のものか見てみようか」
詠煙が探るような視線を投げ掛けてくる。好奇心や興味等は確かに抑えられる物ではないが、そのような他人の感情に振り回されるのは一苦労だ。
「この街では、妖力自慢すれば人をもてなせると勘違いした輩が多いのか?」
「妖力自慢? 少しでも良いから実力を披露して欲しいだけだ。同業者の相互理解さ」
「そこまで他人に固執するものでも無いだろ」
師匠に渋い顔をされるも、止めるつもりは無いのか、詠煙は袖の辺りを探る。相手の行動に備えて世夏が身構えると、珍しく師匠が鼻を鳴らして正面に出る。
「まあ待て、世夏。貴様のへなちょこ紙術では我らの事を正しく評価されないだろう。こいつの館まるごと破壊してみようか」
「師匠、任せるけど出禁になる事はやめてくれ」
「出禁になっても入る所が無いぞ」
世夏は師匠と話しながらも詠煙の様子を伺う。用意は出来ているのか、あちらはあちらでこちらの様子を伺っている。というより、この雑談が終わるまで待ってくれるつもりなのだろうか。世夏はなんだか申し訳無くなった。
「詠煙さん、こっちには気にせず来て貰って大丈夫です!」
「開封屋の流儀に従って、最低限準備する時間は設けたい。あと、不意を突くより正面から全力で行きたい。これは私の好みだけど」
「何でも良い。無駄話は終わりだ!」
急に話を締めようとする師匠。
「それは無茶苦茶過ぎるだろ。師匠が話してたんだぞ」
「おい、説明するから聞け。詠玖、もうちょっとだけ待て」
また長くなる気配を察した詠煙が場を仕切る。世夏には何となく、彼女が姉に見えた。それと共に、もう一人を長らく放っておいていた事に気付く。
「私の客人なんだし早くして」
「分かった」
詠煙が遂に話し始める。
「人の従える妖を従鬼と言うが、人の作った妖もいる。俗に言う式神だな。まあ、こいつらを生物に数えるかは微妙な所だが。見せてやる。拝火塵姫!」
力強く名前を呼ぶものの、特に何もしない詠煙。部屋でも何も起こらない。一体何の為に袖の辺りを漁っていたのか。
「あの、これはーー」
世夏が不発かと思ったその時、扉の開く音がした。まさか、と目を向けると、人の形をした灰色の何かが居た。頭部は面に、胴は青い着物に包まれており、まるで破れた砂袋に手足を生やしたような見た目だ。
「これが式か……」
「む? 開封屋である以上、目にするのは初めてではあるまい」
世夏は式に見つめられている気がした。顔は面で見えないが、まるで髪の毛のように後方へ灰がたなびいている。姫と名付けるだけあって、見た目には拘っているのだろうか。登場の仕方はやや期待を下回っていたのだが。しかし、流石にそれで油断するほど無警戒ではない。
「そいつは神木を燃やした時の灰から作られた式だよ。煙や火を吐くのが得意な奴で……風上に立たれると匂いですぐ分かる」
情報という情報は出てこなかったが、世夏も師匠も特に気にはしない。
「神木なのに燃やすのか?」
「神木を燃やすと言うより、年一回燃やす木を詠玖が神木と言ってるだけだ。まあ特に意味はない」
世夏がそっと師匠の様子を横目でうかがう。話に興味がないのか、次行く飲み屋を考えている時の方がまだ幾分か真面目な表情である。しかし、ふと外見相応の悪戯っ子染みた笑みを見せた。
師匠が前方に飛び込むように跳ねた。世夏が目を凝らしてみるが、視界が煙に遮られる。息つく間もなく、煙から飛び出すように現れた単眼の巨人が、拝火塵姫と呼ばれた式に上方から拳を叩きつける。
「開封屋なら闇討ち上等! だろうよな!」
「師匠、油断しない方が……」
と世夏は言うものの、固い砂を地面に投げたように、式を形作っていた灰が床に広がっている。世夏が拝火塵姫だった跡を見つめていると、灰の山に残された着物が動き始める。正確には、下の灰が動いているのだ。何も手を出さないでいると、数秒後、再び式が人の形を取った。
「まだ立つのか」
「私の妖力を直接ねじ込んでやろうか」
巨人の姿で師匠が息巻くが、その必要はなかった。拝火塵姫はこちらに背を向けたかと思うと、とぼとぼと入ってきた扉の方へ行き、何処かへ行ってしまった。生物と呼んで良いのか分からないとは言っていたが、世夏には心なしか悲しそうな表情をしていたように見えた。
「……終わりですか?」
「う、うむ。そうか……姫をワンパンか……」
一同が呆気に取られていると、世夏は冷たいものに手を引かれる感覚がした。下の方を見ると、子供……詠玖が手を握っており、その顔は不機嫌そうであった。
「大層待たせるじゃないか。今度は私の番だ」




