第15話 土地師と憧憬
「世夏、いつもの女児はどこ行ったんだい?」
「師匠を女児って言わないでください! 昨日呑んだから今日は休むって」
「ごめんね。師匠は休肝日って所か。僕も昨日は行きつけが休みだったな……お陰で君達と会えた訳だけど」
世夏が由来代と話していると、立炉木に肩を叩かれる。どうやら復帰したようだ。
「世夏、お前あの人と知り合いなら早く言ってくれよ……」
「名前は聞いていないよ」
「だって俺も知らなかった……いや、そんな目で見ないでよ」
世夏が立炉木の事を無言で見つめる。一方で、立炉木も気を取り直して、憧れの人の情報を纏める。
「そうか、由来代さんって名前だったのか。あのよく耳にする有名土地師」
「ところで、今回の二人の獲物って今の奴じゃないよね? 無いと思うけど横取りになったら悪いし」
二人はその言葉に呆気に取られるが、我に返った立炉木が慌てて否定する。
「いえいえ! 俺らが倒したのは普通の遍片鬼です! 自力で依代も抜けられない弱っちい奴!」
「倒したの俺だけどね。でもさっき立ち向かえた立炉木なら、きっと遍片鬼くらいなら一人で倒せるんじゃないか?」
もう調子に乗る立炉木に突っ込むのが疲れた世夏は、そのまま話を進める。
「……早速倒してこようかな」
師匠も立炉木もツッコまないとそれはそれで面倒な方に向かっていくらしい。なぜこんな自由な者ばかり周りに引き寄せるのか、心の中で首を傾げる世夏だった。
「油断しないで準備してから開封屋とタッグでね。にしても、遍片鬼相手に随分疲弊してるな。最初に最大限の威力で叩くのもそうだけど、加減が効かない技は軽々しく使うものではない。その為に敵を知るんだ」
「痛感しました。師匠が居ないのがここまで心細いなんて」
今までなら後先考えずに戦っていても、師匠が居ればなんとかなるだろうという安心感があった。師匠はしっかり師匠として俺の事を守ってくれてたのか。自分への反省と共に、でも絶対に本人には言わないでおこうと決心する世夏だった。
「すいません、元は俺のせいです。遍片鬼の強さも世夏の術の特性も知らずに戦って、本当に想定外の出来事が起こったら周りに頼って」
立炉木も彼なりに思うところがあったらしい。考えてみれば、初依頼で中々大変な目に遭ったものだ。すぐに調子に乗る癖に、少し擦れている優しい性格なのだろうという所も伺える。
「立炉木の事は、嫌いになれないな」
聞こえるか聞こえないかと言ったぐらいの声で、世夏は呟く。
「昔の由来代さんに会った時、心の隅で強い従鬼がいれば良いんだなって思ってました。でも、本当に強い人って従鬼なんて関係なくて、そもそも強い従鬼だったらこんな主人は持たないですよね。土地師としての初依頼を期に、心の在り方を考えようなんて……我ながらありきたりだし、熱いし……でも悪くないかも」
たまに見せる年相応の本音の部分。たどたどしければ、自信も無さそうだが、立炉木の思いの丈は由来代も笑顔で聞いてくれていた。
「折角だ。今日の夜は僕の行きつけで食べないか? 上善杯って所なんだけど」
「うーん? 何か聞き覚えがあるような」
世夏はまだ晴流傘の土地勘があるとは言えないが、師匠のお陰で無駄に飲み屋の名前だけは詳しくなりそうだ。
「祝勝会ですか! 良いですね」
これまで気にしていなかったが、立炉木は何歳なのだろうか。外見から世夏より歳上には思えないので、恐らくは未成年だろう。
「晴流傘に帰ったら一回師匠に報告してきても良いですか? 多分もう調子は戻ってると思うので」
「そうか……」
由来代はふと、二人の背後に目線をやる。不思議に思った世夏が振り向くと、その先には由来代の従鬼がいた。立炉木曰く、最強の従鬼だ。
「世夏殿と、いつぞやの少年か」
「彩麗斎。由来代さんより記憶力が良いですね」
「おや、由来代は分からなかったか。褒めていただき光栄です」
快活な笑みを見せて世夏に応える彩麗。この面子の中ではもはや妖が一番擦れていない。
「二人とも、一言多いぞ。顔と結び付かなかっただけだ。人は妖力で物を知覚しないから」
久し振りに会話する二人とは対照的に、由来代の顔は渋柿でも食べたかの様だった。
「由来代さんって彩麗斎に当たり強いですよね」
「世夏も、知り合いには結構な口を聞くんだな……」
「え、俺が?」
立炉木に指摘されて世夏は少し驚いた。しかし、由来代の言葉が割と的を射ていた。喋りたがりなのか、世夏が他人にツッコまれる時は、大体一言多い時である。
「腐れ縁なんてこんなもんだよ。それより彩麗、そっちは?」
「霊柳谷で二手に別れ、それぞれ一体。計二体狩ってきました」
「そっか。ここを含めて計三体いたんだね」
何やら戦果の報告をしている由来代達。世夏が見ている事に気が付くと、簡単に説明を始める。
「遍片鬼が動き回れるようになるまで成長すると、遍片剛鬼と呼ばれる。最近はそんな放置されてた遍片鬼の報告はない……筈なんだけど」
と言うことは、あの妖は自分と同じ種類の妖を食べようとしていたのか。生まれるのが一歩遅いだけで優劣が決まる。もしくは、先に生まれる事がそれだけで優れている事なのか。世夏は複雑な心境になった。
「まあまあ、一件落着。みんなで晴流傘に帰るよ」
由来代が一同をまとめて帰路に着く。
「じゃあ、店の前でまた落ち合いましょう。ではまた」
晴流傘に着いて一旦別れると、世夏は自らの泊まる宿へと向かう。今日の事はどれくらい話そう。危うい所を由来代に助けて貰った事、一癖ある性格の立炉木の事、遍片剛鬼の事……世夏が照れ臭くなるものは、止めておこうと思った。
「こんにちは。師匠は出掛けてたりしますか?」
「特に今日出入りした人は居ませんね」
この受付の人が師匠を人として認識しているのかは分からないが、世夏は取り敢えず自室に戻る。
「師匠、帰ったぞ」
「言わんでも分かっておるわ。依頼は無事に終わったか」
返事の気が早い師匠。部屋の奥を向いている為、世夏からは表情が読み取れなかった。
「あと、悪いんだけど夜は立炉木と食べてくる」
「おい! 私が折角待っていたのに酷い奴だ」
腹を立てている師匠には悪いが、いつも通りで世夏は安心した。なんだかようやく依頼が終わった気分になった。
「良いじゃないか、昨日飲み歩いてたらしいし。何食べたんだ?」
「……茸の串焼き」
不満そうにボソッと呟く師匠。世夏は、じゃあいってきます、と返して夕暮れの晴流傘に繰り出す。
「来たね。じゃあ、入るよ」
由来代、立炉木と上善杯の前で合流する。彩麗斎の姿が見えなかったのが気になったが、由来代は普段従鬼を連れ歩きたがらない。また、彩麗斎は食費が嵩む。この前由来代が言っていたことを思い出した。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
手慣れた様子で由来代が受付を終えて、座敷に着く。何か話す間もなく、立炉木は由来代と逆の席についたので、世夏は少し悩み立炉木の横に座った。
「世夏は何食べる?」
「え……じゃあ、茸の串焼きを」
「了解。私は刺身と天麩羅でも食べようかな」
「俺もそれで!」
三人の注文が決まったので店員に頼むのだが、一つ予想してなかった事があった。
「すいません、刺身と天麩羅はご用意できるのですが、茸の串焼きは仕入れ元の御者のトラブルで、ここ一週間お出し出来なくなっており……おーい、椿! 店の外に看板が出っぱじゃねえか! ……勘違いさせてしまって申し訳ない」
世夏は折角なら師匠と同じ物を食べたかったのだが、それは次の機会になるようだ。しかし、昨日師匠は何を食べたのだろうか。改めて朝の事を振り返ると、師匠は頭まですっぽり布団に入っていて、やけに静かなものだった。
「いえ、気にしないでください。なら自分も二人と同じもので」




