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第14話 遍片鬼

 

 昼食は終わったが朝が早かった為、まだ日は登っている途中。早めの行動を意識して出発する。世夏は由来代しか土地師を知らないが、等身大の祓いに関わる人を見れた気がする。本人は何となく土地師になったと言っていたが、これで何となくなら大したものだ。


「さて、もうすぐ目的の大木です」


 世夏は前も聞いたような台詞だと思ったが、口には出さなかった。ここからは、俺が頑張る番か。正午を過ぎて、何かをするには悪くない昼下がり。懐に忍ばせていた紙札の側面を指でたどる。


「木に憑く遍片鬼は大体火に弱いです」

「鉄や水には弱いのか?」


 遍片鬼の弱点は憑いてる物によって違うらしい。それを踏まえて、世夏が質問する。


「他ではあまり聞きませんが、どうしてそんな?」

「前の依頼で使ったことがあってさ」


 世夏は由来代と共にあたった白雲との戦いを思い出す。由来代は鉄匣を用い、胡仰藍の札は液体で白雲を溶かしていた記憶がある。まあ、使いたい術が通れば良いんだろうな。若干開封屋らしからぬ思考の元、納得する世夏。


「判断に至った経緯は分かりかねますけど、さぞ優れた開封屋なんだろうな……」

「いや、その人も立炉木と同じ土地師だよ」

「そんな! 羨ましいな……強い従鬼を持っていそうだ」


 世夏は立炉木と会ったときから人任せと言うか、従鬼任せにしようとする節があるのは感じていたが、彼の話を聞いて少し理由が分かった気がする。

 自分に期待をしていないのだ。その分従鬼に対して憧れのような、望みのような。ある意味自分の期待を託しているのかもしれない。


「まあ、俺も引き出しが多い訳じゃないから一緒に検討してくれないか?」

「分かりました」


 鞄の中から陣と紙での術一覧が書かれた手帳を取り出す。こういった手の内は、人に見せるべきではないのだが、パラパラと二人で眺める。


「あまり破壊力が高そうな技はないですね……この妖札道破とかどうですか?」


 術のカタログのようなノリで立炉木が吟味している。


「妖獣相手には使ったことあるし、多分大丈夫。ただ、これ使った後は大分疲れるからな……」


 世夏が宿に訪れた時を思い出す。自室に妖を潜まされていたのは中々の歓迎だった。世夏の手持ちの術では速攻性に優れているが、持っている妖力をまとめて放出する為、力の調整も温存も難しい。


「この再映陣ってので動きを封じましょう。これ、一回作ったら誰の妖力でも反応しますよね? 自分が足止めをします」

「それなら確実に一発で済みそうだ……」


 こちらは前に胡仰藍邸で使用した術だ。事前に決めた姿をしている間、障壁を生み出す。術士程でないが、陣を完成させてしまえば一般人でも多少は使用できる。もっとも、一般人から術士は忌避されている為、このような状況以外で活用できる機会は少ない。


「さて。準備は整ったが……遍片鬼って何したら出てくるんだ?」

「封印を解く呪いを唱えれば良い筈です。自力で抜け出せるほど成長していたら別ですが、その兆候も見れません。最大限の準備をして最高の一撃で終わらせましょう」

「その言葉、開封屋の合言葉なのか?」


 最初に大木を囲うように再映陣を描いていく。付近の者が特定の姿を取ると、陣が機能し障壁となる。世夏がどのような姿か指定しようとすると、立炉木に猛反対された為、世夏的格好いいポーズはお蔵入りとなった。


「封印を開くよ。準備は?」

「大丈夫、いつでも良いです!」


 簡素な呪詛を唱え封印を解くと、人の頭程の影が世夏の元へ真っ直ぐ向かってくる。しかし、そのままぶつかるかと言った所で急停止させられる。足止めは上手くいった。遍片鬼の影がこれ以上進めない事に気付いた時には、もう世夏の構えた札から避ける手段は残っていなかった。


「此処に古くからの標を示す。我を通じて道を開け」


 それは立炉木の視界も眩く照らすような、一瞬の輝きだった。世夏は今まで術を使った中では一番強い疲労感を覚えたが、再映陣を描いていたしこんなものか、と一人納得した。


「無事に終わりましたね」

「ああ、そうだね」


 その場に座り込む世夏。帰りが億劫ではあるが、この地に長居する事も無い。今回の依頼はこれでおしまいだ。


「いや、何かが来ます!」


 立炉木が遠方に釘付けになって叫ぶ。世夏が立炉木の目線の先を辿ると、大木のような胴体から下は無い、二本角の妖が迫ってきている。馬や牛のような、人のそれとは違う、獣染みた顔をしていた。


「こっちへ、早く!」


 すぐさま世夏は陣と対角線に位置取り、祈るように合掌する。今回の立炉木が指定した再映陣の姿である。


「脆い陣だ……私の獲物を抑えるには丁度良かったかもしれないがな」

「立炉木、逃げろ! 長く持たない!」


 突如現れた妖相手に二人生きて帰るのは不可能だと世夏は判断した。平時ならまだやりようがあるかは分からない。少なくとも、妖力の大部分を使い果たし、師匠も居ない今は、残された力で精一杯足止めをする程度しか世夏には出来なかった。


「自分も基礎の術は……今から逃げても、世夏も、もう二人とも……」


 世夏の願いも虚しく、巨大な妖は笑みを浮かべて障壁をこじ開けようとしている。もう限界である。立炉木も恐怖で何をしたら良いのかが分からなくなってしまっている。言葉は溢れるも、呆然とその場に立ち尽くす。


「その陣じゃ不服か。なら匣に死ぬまで閉じ込めてあげるよ」

「由来代さん!?」


 後ろから聞き慣れた声がした。


「気を緩めないで。あと少し、踏ん張れるかな」

「もう少し……」


 由来代が目の前の妖に呪詛を唱え始める。しかし、やはり妖力は持ちそうにない。自分でも再映陣の障壁が弱まるのが分かった。


「驚かせやがって。大層な術を持っている様だがその前に二人を喰い殺す」


 妖が障壁となっていた場所を突き抜けるように腕で押し込む。世夏はもう陣を継続させてはいなかった。だが、妖の腕は世夏に届く事は無く押し留められた。


「世夏、ごめん! 自分の面倒も仲間の面倒も任せっきりにはしない!」


 先程まで混乱していた立炉木が、世夏の代わりに術の継続を受け持った。当然妖としては面白くない。


「取るに足らない只の人がーー」


 そのまま強引に力を込めるが、妖にもう猶予は無かった。


「世夏、危ない!」


 妖が煙のような形となって壁をすり抜ける。


「ーー其の身の程、一尺にも満たず」


 妖は世夏を通りすぎ、由来代の手の中に収まった。


「二人とも、大丈夫?」

「俺、昔も貴方に助けられて……で、今頑張ろうって思って。五年くらい前の桜並木で会ったんですが、俺の事分かりますか?」

「残念だが、君を見ても思い出せそうにない」


 心のどこかでほんの少しだけ、願っていた。もう一度あの人に会いたい。そして、今の自分を見て欲しかった。形だけでも同じ道を歩いていることを。

 何度目かは分からない。夢を見たくても、目が醒めているならば。現実では夢は叶わないという事。現実らしく、諦めるものは諦めなければと、立炉木は頭を切り替える。


「しかし、桜並木の事は覚えてる。あの子が随分大きくなったね。見違えたよ」


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