第1話 封印解きます
中くらいのとちっさい人影が、とある街の正門を跨ぐ。木製の構えの真ん中には木の板が立て掛けられており、晴流傘、と街の名前が彫られている。
「師匠、始めての相手は誰がいいと思う?」
「誤解を招く言い方はやめろ。あの掲示板に恐らく依頼を張っているのだろう。行くぞ」
正門から見える程度の場所にある広場、その中でも人だかり朱色の屋根が据えられた掲示板を目指して歩く二人。十分に近付いた後、子供の方は吟味するように目を凝らし、僅かに声を漏らす。
「ううむ、貴様の力量ならば……これが良いだろう」
「一番高額なやつじゃないか!」
掲示板には多種多様な妖の封印記録が張り出されている。封印された日付で言えば去年のものから数百年前、報酬で言えば千から数十万という数字が割り振られていた。師匠に従う青年――世夏の目線の先には、三十万という数字が書かれていた。
「獣ならどれも変わらん」
「師匠はこの中ならいくら位になるんだ?」
「三十万以上」
世夏はしばらく広場で悩んでいたが、師匠と呼んだ少女に根負けし、依頼を受けに行く。辺りを見回すと、赤い屋根の立派な建物が目に留まった。開封屋と書かれた看板が見えたので、中に入る。
「よし、行ってこい」
「え、師匠は付いてこないのか!?」
「わざわざ付いていくこともないだろう。何事も経験だ、経験」
師匠と呼ばれた少女は一緒に入ることはなかったが、しばらくして建物から出てきた青年に声を掛ける。
「さて、受付は済ませたか?」
「実績不透明により見送りだって……」
「なにを……私の封印を解いたという唯一にして最大の実績で、直談判するぞ!」
「やめとけよ師匠。偉そうな子供が何言っても取り合ってくれないぞ。そもそも俺自身覚えてないし」
「記憶と共に生来の妖力まで奪われずに済んで良かったと思え」
世夏には過去の記憶が無かった。師匠を自称する彼女は青年に封印を解かれたと言っているが、自分でも定かではない。
兎に角二人揃って金が無い為、師匠の話と手荷物から開封屋としてやっていけそうだったので、依頼を探しに来ていたのだ。
二人して掲示板の前で喋っていると、深緑色の服を着た茶髪の男が話し掛けてきた。
「君たち、もしかしてこの依頼を受けに来たのかな?」
「世夏と言います。そうですが、たった今突っぱねられてしまって……」
子供を連れた青年、世夏が先に名乗る。
「礼儀正しくどうも。私は由来代、この辺りの土地師をしているんだけど、良ければ組まないか?」
「怪しい奴だな。それに、さっき世夏が言ったように今持っている依頼はない」
「すいません、師匠は態度が大きいんだ……」
「別に構わないよ。少し待っててくれ」
師匠に振り回される世夏だが、由来代も特に嫌な顔を見せるとこなく開封屋の建物へと消える。姿が見えなくなると、彼について二人で話し合う。端から見たら不審者以外の何者でもない。
「あの人の目的はなんだろう」
「開封屋が仕事をするときは土地師と組むのが慣例だ。ならば楽をして報酬にあやかりたいのか――」
今度は逆の推測になるが、と前置きをして師匠が続きを話す。
「建前で開封屋でも連れて行こうという腹積もりか。新米の方が分ける報酬も少なくて済む」
「それならいいけど、明日の飯代くらいは賄わないとな……この状況、他人に任せっきりはマズいか」
世夏も由来代の後を追って建物に入ろうと思ったが、中に入る前にこちらへ手を振る人影があった。
「待たせたね。今回の標的は枯岩村という廃村に封じられている妖獣だ。これを開き、滅すれば依頼完了」
「はやっ! ちょっと待ってくださいよ」
由来代の行動に後手後手で対応する世夏を待つことなく話が進む。
「この男、世夏の断られた依頼を持ってきているぞ。少しはやるではないか」
「なんで二人してやる気なんだ。今すぐ断ってきてください」
由来代は今までの通り落ち着いた口調ではあるが、先程までと違って目は笑っていない。
「断っても良いが、たとえ直後であっても依頼の破棄は高くつく」
「そんな……いや、そういう詐欺だな! 騙されないぞ!」
「とは言え、名前を教えたのは本当であろうが。ここは依頼をこなすのだ」
この調子では先が思いやられる。世夏はあからさまに怪しい由来代という男と投げっぱなしの師匠に頭が痛くなってきた。そしてそれは簡単に乗っかる自分自身にも責任の一端はある。
「仕方ないですね、勉強料ということでこなしてみますか」
自分の使っていた退魔の陣は記憶にないが、手帖にいくつか記録としては残っている。
世夏なりに考えた結果、由来代に気を許したわけではないが、観念して協力するしかなさそうだと思い至った。
「それは助かるよ」
「まずは話だけでも聞いてみよう。師匠、この人の悪い友達みたいなのが来たら教えてくれ」
「酷いなあ。連れが一人じゃ依頼を受けられなかったから、代わりに取ってきただけなのに。それじゃ、色々質問してみなよ」
いきなり馴れ馴れしいと言うか、白々しい男ではあるが、ようやく話を聞いてくれそうである。
「自分と組んだ目的はなんですか」
「なんとなく」
「なんでその依頼を持ってこれたんですか」
「過去の実績」
ここまで即答されると実力が気になってくるものだ。世夏は実績不足で依頼を受けられなかったが、果たしてどの程度認められれば取り合ってくれるのか。
「この業界は取り巻きと群れているだけの奴も多いが、私は好きにやらせてもらってる」
「今回の依頼も一人で片付けるつもりなんですか?」
「いや。ここだと……場所を移そう」
世夏は由来代に先導され広場を抜け、食事処から本屋まで様々な店が立ち並ぶ通りに辿り着いた。朝から何も食べていないことを思い出すが、肝心の手持ちが少ない。
「この辺りはいい匂いがするな……肉か?」
「肉も良いし、酒もある。今は素面でお願いしたいけどね」
由来代が立ち止まった所には、立派な佇まいの料理屋が建っている。隣接している建物と比べても土地には余裕のある様子で、なんだか世夏は緊張してきた。
「あの、あんまりお金持ってないんですが……」
「ツケでいいよ。近々手に入るじゃないか、三十万の半分が。その辺りも含めて、色々話そうよ」