9話『愚かな僕』
映画館の近くにあったカフェで僕と南里は昼食をとっていた。
「なんでスマートフォンを契約するんですか、私に必要ありませんよね?」
僕と向かい合って座る南里が、着席時にウェイトレスが持ってきた水を飲んで言った。
「これから外に出たりする時、スマートフォンがあったら何かあっても連絡をとれるし、写真とかも残せるだろ?」
何かと便利だし、そう言うと南里は腕を組んで唸り出した。
「便利、まあ便利なんですけど、私そういうの使い方が分かりませんし……」
「大丈夫大丈夫、すぐに慣れるから」
そんなことを話していると、ウェイトレスが先程僕が注文したパスタ、南里が注文したパンケーキを持ってきた。
南里は「ありがとうございます」とウェイトレスに言ってパンケーキを受け取り、じっとそのパンケーキを見た。
「どうしたんだ?南里?」
南里はいや、と言って頬をかいた。
「美味しそうなパンケーキだな、と思いまして。……なんだかスマートフォンの話をしていたのもあって写真を撮りたくなりました」
「だろ?絶対にスマートフォン持ってた方がいいって」
僕はそう言って自分のスマートフォンで南里のパンケーキの写真を撮った。
「スマートフォンを契約したら、この写真を送れるからさ」
南里に僕が今撮った写真を見せると南里は綺麗に撮れてますね、と言ってパンケーキを食べ始めた。
「スマートフォンを契約するのもいいな、と思いました。スマートフォンってどのくらいの値段で買えますか?」
「物によるけど、六万円くらいなら性能も良くていいんじゃないかな。でも僕が買うから気にしなくていいよ」
「……あなた映画のチケットも、布団を買う時も同じこと言ってましたよね?」
「ああ、言ったけど……?」
南里は深いため息を吐いて、パンケーキを食べる手を止め、呆れたように僕を見て言った。
「……私に媚びているのか、自分に酔っているのかは知りませんが、どうしてそんなに私にお金を使うんですか?こちらからしたらありがたいですけど、少し怖いです」
南里にそんなふうに受けとられていたなんて思っておらず、僕は心底びっくりして、言葉が途切れ途切れになってしまった。
「僕はただ、お金が余ってるから、それを使いたくて……」
「そうなんですか、でもその行為は私を軽んじているようにしか見えません。あなたのその行動は、まるで他人をお金で買えるようにしか見えないんですよ」
「ちがっ……」
僕の両親は毎月大金の仕送りをする。それが僕への愛情だとあの人たちは思っていて、それが嫌で僕は大学の暇な長期休暇を使ってバイトをし、長期休暇が終わったら節約して暮らしてきた。
そのため両親から送られたお金は全て使わず、何かあったときのために貯金していた。だから僕はお金がある、だから南里にお金を使っていた。
けれどそれは金を送ってそれだけが愛情と考えている両親と同じで、人間関係をお金で創り上げようとする愚かな行為だった。
結局、僕はあの人たちの子供だった。その行為を嫌がったのは僕なのに、その行為を分かっていなけばいけなかったのに。
「悪かった、南里。僕は南里をお金で買おうとか、南里を軽んじているとかそういうわけじゃなかったんだ。僕の人との関わり方が悪かった。改めて、ごめん」
南里はそんな愚かな僕を見て困ったような顔をした。
「あなたが悪いとか、そういう話じゃないんですよ。そういうところを直すべきだ、と言っただけで、良い悪いをハッキリさせなくていいんです」
十八歳で僕より二つ年下でまだ幼さが残る顔立ちをしている南里だが、その考え方は僕よりも大人びていて、人間として成熟していた。
「スマートフォンは私のお金で買いますし、この昼食代も割り勘です。これからは一方的に奢られるとか、無しにしましょう」
「……でも、南里。お金はあるのか?」
南里は首にかけていたバッグから通帳を取り出して中を確認した。
「私、中学を卒業してからは高校に行かずにアルバイトをしていましたし、家は祖母の家なのでお金はかかりませんでしたからお金は沢山あります。心配無用です」
「なら良かった……アルバイト……?どんなアルバイトをしてたんだ?」
なら良かった、で口を閉じようと思っていたが、愛想がない南里がどんなアルバイトをしていたのか気になって思わず訊いてしまった。
「飲食店、ガソリンスタンド、コンビニ、時間はあったので色々な場所で働きました」
経験豊富だな、と思ったと同時にいつバイトをやめたのだろう、と思った。
南里は初めて出会った日に、爆弾を見つけたと言っていたが、いつ、見つけたとは言っていない。南里は爆弾を見つけてから、もう地球を破壊するから、と考えてアルバイトをやめたのだろうか?
なら地球を破壊すると決め、アルバイトをやめ、僕と出会うまでにどれくらいの時間があったか、その時間でどうしてあの爆弾を起爆し、地球を破壊しなかったのか、僕は疑問に思った。
でも僕はそれを訊かなかった、訊けなかった。僕は、南里詩乃のことを知り、説得して改心させたかったが、それを訊くのは、南里詩乃の核心に触れるような気がして、その核心を知るには、まだ早いような気がしたから。
ここで訊けていたら、僕と君との関係は、あんな終わり方を迎えなかったのだろうか。
そんな後悔が今の僕の心の奥に深く残っている。
「おーけー。昼ごはんを食べ終わったら早速スマートフォンを契約しに行こう」