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5話『死んでもなれない』

「分かりましたか?絶対に料理をしないでくださいよ?」


 南里がご飯を食べ終えてもなお、そんなことを言っていた。


「何が気に食わないんだ、別にいいじゃないか僕が料理をしても」


「毎日こんな感じのご飯を作られるとしたらたまったもんじゃないんですよ、栄養バランスとか何も考えてないでしょう?あなたなんてどうでもいいですが、私はこんな栄養のないものを食べたくはありません。なので、次からは私が作ります」


 南里はそう言って食べ終わった僕と南里の皿をシンクに置き、洗い始めた。


「皿を洗ってくれるのか?」


「はい、見ればわかるでしょう。いちいち突っかかってこないでください」


 南里は感情を込めずにまるでロボットのような声のトーンで言った。


「ありがとうな、南里」


 南里は皿洗いをしている間に、シャワーを浴びた。疲れが溜まっていたからかシャワーの冷たい水がとても気持ちよく感じた。


 僕はシャワーを浴び終え、寝巻きを着て、リビングに戻ると、南里が座布団の上で足を崩して座っていた。僕は南里にもシャワーを勧めようかとも思ったが、入りたいときに勝手に入るだろう、そう思って何も言わなかった。


 僕が浴室からリビングに戻ったことに気づいた南里が僕に一言、


「暇」


 何だこいつは、何でこんなぶっきらぼうに人と話せるんだ、僕はそう考えたけど、やっぱり南里の持つスイッチのことを考えると僕は文句のひとつも言えなかった。


「じゃあ、そこにある本とか読んでいいよ」


 僕は本棚を指さして言った。すると南里は本棚の元まで歩いていき、観察を始めた。自分を見られている訳では無かったが自分の私物を他人にジロジロと見られるというのは友達がいなく、そんな経験をしたことがない僕にとって緊張するものだった。


 南里は本棚にある僕の小説を一つ取ってリビングにある座布団を手に取り、部屋の隅っこに置き、そこに座って小説を読み始めた。僕はというと、やっぱり暇だったためスマートフォンにペアリングしてある無線のヘッドホンで音楽を聴いた。


 しばらく、何も話さない時間が続いた。

今日は沢山歩いたということもあって、僕は相当疲れていた。そのため時刻が九時になった時には眠かった。


 もう寝ようかなと考えていると一つの事実に気がついた。


「布団が……一つしかない……」


 そう、一人暮らしをしている友達がいない大学生が二つ布団を持っているはずがなかったのだ。笠川が僕のアパートに泊まることもあったが、あいつは平気で床に横になって寝るようなやつだったため、僕の部屋には布団が一つしかなかった。


 それを聞いた南里は小説を閉じて僕に言った。


「じゃあ私が布団で寝ますね」


「ちょいちょいちょい、それは無いだろう。僕は疲れているんだぞ」


 僕は運動不足で不健康なのに今日は沢山歩いたのだ。だから布団で寝たいと思うのも当たり前だったのだが、そんなこと南里にとってどうでもいい事のようで、


「なら今、スイッチを押しますね」


 僕は逆らうことができず、リビングの真ん中に置いてある邪魔なテーブルを折りたたんで壁に立てかけ、布団を敷いて南里に使わせた。


 完全に僕は南里の奴隷だった。でもそれはしょうがないことだ。スイッチ一つで一瞬のうちに僕を、地球を破壊できるような人間に歯向かうなんてバカのすることだから。


 南里は無言で僕が敷いた布団に横になり、寝転んだ体勢で小説を読み始めた。


 今なら、スイッチを奪えるかもしれない、とは思わなかった。だって南里はスイッチを手に持ったまま小説を読んでいるのだから。


 僕はというと、机を片付けてしまったため、地面でとある日課を行った。


 とある日課というのは僕が大学生になってから毎日夜に二時間ほどかけて行っている一日のまとめのようなもので、漠然と、何となく、特別になる上で平凡な自分を知らなけばいけない、そう思っている僕が、自分を俯瞰するために行っている。努力とも言えない大したことの無いレベルの日課だ。人によってはこの日課をバカにしたり、時間の無駄だと罵るだろう。


 僕も時折この日課がくだらないことに感じてしまう、僕がこんなことをして何になるのだろう、と思ってしまう。けれど、けれどいつの日か、この日課が僕が特別になる上で役に立つ、報われる、そんな気がした僕はこの日課を辞めない。


 日課を終えて、僕は目を瞑った。


※※※


 2025年7月2日


 何かがジュージューと焼かれる音で目が覚めた。僕は火事かと思い床の上で魚のように飛び跳ねて起き、周りを見渡した。


 部屋の中は真っ赤な火に覆われて、本棚に置いてあった本や布団などが燃えている、なんてことはなく、部屋は昨日から変わっていなかった、南里詩乃が布団の上に居ないということ以外は。


 何かが焼かれている音がするキッチンを見てみると、そこには南里が居て何か料理をしているようだった。


「おはよう、南里」


 僕がキッチンまで歩いて南里に声をかけると南里は僕の方を見ずに答えた。


「……おはようございます、今、朝食を作っています。あなたは邪魔をしないでください」


 言い方はキツかったけど、僕がキッチンを覗くと二人分の食材が使われていた。どうやら僕の分も作ってくれているようだ。


「ああ、ありがとう」


 僕は邪魔をするな、と言われてしまったため、洗面所で顔を洗い、リビングで朝ごはんが出来上がるのをおとなしく待った。


 五分後、南里が朝食をリビングに持ってきた。朝食の内容は白米、鮭、ほうれん草のおひたし、味噌汁、と僕の料理に文句をつけるだけあって南里が作った朝食は栄養バランスが良い献立だった。


 僕は南里と共に朝食を食べ始めた。


「……美味しい、南里は料理が上手いんだな」


「……はぁ」


 南里は短く僕に返事をした。南里の表情は面倒くさそうだった。

 

 黙々と朝食を食べていると、床で寝たからだろうか、僕の腰と背中がやたら痛たかった。


「朝食を食べ終えたらホームセンターに布団を買いに行こう、南里」


 僕の提案に南里は箸を置いて、心底嫌そうに答えた。


「あなた一人で行ってくればいいじゃないですか、なんで私が一緒に行かなければいけないんですか」


「僕が南里を説得して改心させるには南里のことを理解するのが必要だと思う。そのためには、少しでも長く僕らは一緒にいた方がいい。だろ?」


 南里が手を止めて下を向いて考え込んだので、僕はその間に朝食を黙々と食べ進めた。


 しばらくして、


「いいでしょう、私も一緒にホームセンターに行ってあげます。しかしホームセンターに行く前に、四時間ほど待ってください」


「四時間?どうしてだ?」


 四時間で何をするつもりなのだろうか、女子が外に出かけるにはそんなに時間をかけた準備が必要なのだろうか、僕が疑問に思っていると南里は笑顔一つ浮かべずに僕の目を見て答えた。


「私の家から衣類や通帳などの必要な物を取ってくるんですよ」


 僕は南里よりも早く寝てしまったので、南里がシャワーを浴びたかどうかは知らなかったが、今の服装は昨日と同じだ。確かに、早く衣類は取りに行きたいだろう。


「そんなに時間がかかるのか……家、遠いのか?」


 僕が訊ねると南里は目を逸らして答える。


「……ええ、かなり遠いです」


 いつもと変わらない冷ややかな声だった。けれど南里が目を逸らしたこともあって、僕には南里が何かを隠しているように思えた。僕は追求こそしなかったものの、南里が何を思い、何を隠しているのか、それが気になった。


「四時間待つけど、絶対にスイッチを押さないでくれよ?」


「ええ、それは当たり前です。1月1日まで待つと決めましたからね。爆弾に関しては、あなたに私が説得出来るとは思えませんが。まあ頑張ってください」


 正直、なんで南里が1月1日まで爆弾を起爆しないと誓ってくれたのかが分からなかった。南里が言うには僕が滑稽で無様に懇願したのが決め手のようだが、地球を破壊する、なんて壮大なことを考える南里がそのくらいで猶予をくれるとは思えなかった。


 何か南里には目的があって、それを達成するまでは爆弾を起爆出来ないのではないか、僕はそう疑った。だからといって今、南里が肌身離さず持っているスイッチを奪おうとしたら、南里が自暴自棄になりスイッチを押してしまう可能性がある。ここは様子を見るべきだ。


「四時間待つにしても、僕は何をすればいいんだ?南里」


「は?そんなのあなたの自由でしょう?」


 南里の言う通り、僕の自由だった。でもこのときの僕はその自由すら他人に委ねてしまう、愚か者で平凡の奴隷だった。


「僕は何もしてこなかったんだ」


「……?」


「暇な時は寝たり、テレビを見たり、生産性の欠けらも無い時間を過ごした。僕は平凡なのに努力をしてこなかったんだ」


 南里は何も言わずに僕の言葉を待った。


「でもある人間に『死後レター』で言われたんだ。幸せになりたいなら、平凡から抜け出したいなら、特別になりたいなら、行動を起こせ、外に出ろ、そうすれば自分の世界が広がるって。だから僕は外に出て沢山歩いた。僕は次に何をすればいいんだ?」


「そんなの知りませんよ」


「……え?」


「自分で考えなさいよ、何をしたらいいかなんて。『死後レター』で言われたんでしょう、行動を起こせって。人に道を示してもらったのにも関わらず、あなたはまた人に頼るんですか?何でもかんでも人に委ねるようじゃ死ぬまで、いいえ死んでもあなたはずっと平凡で、特別な人間になんてなれませんよ」


「……」


 全部、南里の言う通りだった。


 僕は才能も何も無い人間だ、そんな僕が他人に全てを委ねてそれで特別な人間になれるとしたら、この世の人間は皆、特別な人間だ。


 自分のことは、自分で決める。


 今日から僕はそんな小さな子供でも出来るようなことをすると決めた。


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