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2話『平凡人間の決心』

 2025年7月1日


 普段は、朝七時に起きて講義を受けるため大学に行くのだけれど、今日から大学は夏休みのため僕、佐原泰樹は十時くらいまで寝ていた。


 六畳半のリビングに布団を敷いて横になっている僕は朝食を食べておらず、お腹が空いてしまったため、重い腰を上げて、キッチンに向かった。


 冷蔵庫を開けると中には食材がほとんど無かったし、冷凍食品に関しては全くなかった。


「……買いに行くか」


 そうして僕は寝巻きから普段着に着替えて、アパートを出て近くにあるスーパーマーケットに向かった。


 スーパーマーケットには食材が沢山あったが、僕は料理があまり得意ではない、というより苦手だ。だから電子レンジや茹でるだけで簡単に作れる冷凍食品を多く買った。


 僕はアパートに帰ると、玄関ドアに付いている郵便入れの中を見た。たまにチラシなどを郵便入れに投函されるため、僕は時々、こうして郵便入れを確認しているのだ。


 郵便入れの中には、一枚の封書が入っており、その表紙には『泰樹へ』と書いてあった。


(……僕に宛てた封書か……誰だ?)


 僕には友達がいない。いや、友達と言えるかもしれない知り合いは居たのだが、一週間前にそいつは死んだ。


 そして、あの人たちは僕のアパートの住所を知らない。僕に毎月お金を振り込んで、僕を愛していると思い込んで、それだけでいい、そう考える人たちだからだ。


 だから、僕にこんなものを送る人間なんて、いないはずなのだが。


 僕はその封書の中身が気になったが、自分の手にぶら下がっている大量の冷凍食品入りのビニール袋が重かったため、とりあえず封書の中身を確認せず、封書を手に持ったまま、キッチンに向かった。

 

 キッチンで沢山の冷凍食品を冷凍庫に詰め込み、その場で気になっていた封書の中身を確認するため、封書の封を手で剥がすと、その中には一通の手紙が入っていた。


 手紙にはこう書かれていた。


『泰樹へ、これの手紙を書いたのは誰か、泰樹は困惑していると思う。この手紙を書いたのは一週間前に死んだ、泰樹の友達で親友の俺、笠川海斗だ』


 確かに僕は、笠川とという人間を知っていた。


 笠川は大学に入ってすぐに出会った人間で、よく一緒に講義を受けていた。しかし、あいつは手紙に書いてあった通り、一週間前に病気で死んだ。


 笠川は死んだはずなのにどうやって手紙を投函したのか、


 どうして笠川が死んだ一週間後に手紙を投函するのか、


 僕は疑問に思った。


『どうして一週間前に病気で死んだ俺が手紙を送れたか、泰樹は疑問に思っているだろう。簡単に説明すると、ある会社のサービスである死後レターを使ったんだ』


 それを見て僕は『死後レター』の存在を思い出した。


 『死後レター』は病気や寿命など様々な理由で近いうちに死んでしまう人間が手紙を誰かに書き、死んだ日から一週間後に届けてくれる、というサービスである。


 僕は最近、『死後レター』の広告をウェブサイトなどの広告で見ていたため、それを思い出すことができた。


 何故一週間後に届けるのか、それは大切な人が亡くなり、人はその大切な人がいない日々を一週間ほど過ごすと、次第に辛くなる。

 だが、そのときに大切な人からの手紙が届くことによって、人は絶望から救われるのだそうだ。


 けれど僕は、笠川が死んで一週間が経っても全く辛くない。


 それは笠川は僕のことを親友、と書いたが僕はそう思っていないしそもそも友達とも思っていないからだ。


 薄情な人間だ、と思われるかもしれないけれど、だからなんだ、と僕は胸を張って言いたい。僕が薄情な人間だとしてなにか僕にデメリットがあるか? ないだろう?


 僕は平凡な人間だ。顔は平凡、背も高くないし学力も高くない。人生で何かを成し遂げたことがないし、友達もいない。それは努力をしてないからだ、そう言われるだろうな。


 そうだ、僕は努力をしなかった。けれど努力をしなくても人は生きていける、適当に過ごしているだけで、平凡でも人は生きていけるのだ。だから責任転嫁をするのならば、僕を取り巻く環境が悪かったのだ。


『泰樹、お前に伝えたいことがある、幸せになれ』


「……」


『泰樹は自分のことを平凡だと思っているだろう?お前はそれを口にはしなかったけど俺にはそれが分かる、親友だからな。平凡から抜け出したくはないか?特別な人間になりたくはないか?』


 できることなら平凡な自分を変えたかった。


 死ぬ間際、自分が平凡で、何も成し遂げられず、何のために生きてきたのか分からないようだったら、僕は自分のことを惨めで憐れに思うだろう。


 そんなのは嫌だった。特別な人間になって、そして幸せになりたかった。


 けれど僕には才能も何も無い、僕が平凡から抜け出せるはずがない。


『お前は絶対に特別な人間になれる、何かを成し遂げることができる』


 適当なことを書くな、笠川は僕の何を知っているというのだ。お前は僕と大学一年生の初めから大学三年生の途中まで関わっただけの、他人じゃないか。


『俺は、泰樹の唯一の親友なんだ。お前が考えていることなんて何でも分かる。卑屈になるな、根拠はないけれどお前は絶対に特別な人間になれる、そう確信しているんだよ』


 笠川のその言葉一つ一つが、どうやら僕は嬉しいようだった。頭では笠川を拒絶しようとするものの、胸の鼓動が止まらない。


 ……わかった、わかったよ。僕は特別な人間になれる。だけど、どうすればいいんだ?ずっと僕は何もやってこなかった、努力をしなかった、いやしようとしなかった。

 それなのに今から特別な人間になんてどうすればなれるんだ?


 僕はそう考えて、手紙の続きを読んだ。


 するとそこには、本当に笠川が僕の考えていることなんて何でも分かるかのような内容が書かれていた。


『特別な人間になる方法、それは行動を起こすことだ。泰樹はずっと何もしてこなかったと言うと思う。なら、シンプルな話だ。これから行動を起こせばいいだけじゃないか。行動を起こす、外に出かければ新たな気づきや発見があって自分の世界が広がる。だから行動を起こすんだ』


『俺は、俺は泰樹と過ごした二年間と少しが、すげぇ楽しかった。だから、だから、ありがとう』


 そこで手紙は終わっていた。


 僕は笠川の親友でも友達でもない、ただの知り合いだ、本当にただの知り合いなんだ。それ以外の何者でもない。


 だけど笠川の言うことはもっともだと思ったし、正しいと思った。


 だから僕は平凡な自分を変えて特別な人間になるために行動を起こす。


 そう決心した。

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