ここは異世界《ウシュムガル》
学級崩壊さながらの世紀末保育園どらごん組に混乱するギータに、ルーナがニコニコしながら近づいてきた。
「ふふ、賑やかでいいでしょ? これが竜人族の子どもたちよ」
「いやいや、賑やかとかいうレベルじゃない。
火球飛んでるし、竜巻起きてるし、床は溶けてるし!」
ルーナの目が、キラリと光った。
「まだ混乱してるようね……私が、おとなしくさせてあげましょうか?」
彼女が手を振ると、指先から光の粒が飛び出し、幼竜たちを包み込んだ。
すると――
「うわっ、体が動かない!」「やめろーっ!」「うわああん!」
幼竜たちが、まるで石像のように静止した。
「すごい! 魔法だ!!」
「ふふ、簡単なのよ? でも、すぐ解けるから、ギータ先生も頑張ってね!」
ルーナは、ギータの混乱した様子を見て、少しだけ説明を始めた。
「ここはね、『ウシュムガル』っていう世界。色んな種族が共存していて、魔法や特殊な能力が当たり前の世界なの。あなたみたいに、他の世界から『転生』してくる人も珍しくないわ。良く落ちてるのよ、あのへん。」
「転生? 他の世界から?」
「ええ。特に、保育士や教師、子育て経験のある人は、重宝されるわ。この世界の子供たちは、ちょっと手がかかるから」
ルーナは、静止した幼竜たちを見ながら、微笑んだ。
「竜人族は、特に力が強くて、感情のコントロールが苦手なの。でも、本当は優しい子たちばかりよ。あなたなら、きっと上手くやっていけるわ」
「俺が、この子たちを……?」
ギータは、まだ混乱していた。
しかし、ルーナの言葉を聞いているうちに、少しずつ心が落ち着いてきた。
「まあ、焦らなくても大丈夫。少しずつ、この世界のことを知っていけばいいわ。私も、ドラコ先生も、それに、他の先生たちも、みんなであなたをサポートするから」
ルーナは、そう言うと、ギータの肩をポンと叩いた。
「さ、自己紹介は終わり。そろそろ魔法が解けるから、ギータ先生も頑張って!」
そう言って、ルーナは笑顔で去っていく。そして、その瞬間、幼竜たちの石像が崩れ落ちるように、再び動き出した。
「ぎーたせんせい、動ける!」
「うおりゃあ!」
「ねぇねぇ僕の魔法見て〜!!」
再び、保育園は戦場と化した。
ギータは、目の前の光景に、再び絶望しかける。
「やっぱり、俺には無理なんじゃ……」
しかし、ルーナの言葉が、ギータの脳裏に蘇る。
「あなたなら、きっと上手くやっていけるわ」
その時、一匹の幼竜が、ギータの足元に転がっていた木製の積み木を拾い上げ、嬉しそうに笑いかけた。
「せんせー! これ、みてー!」
幼竜は、小さな手で積み木を高く積み上げようとするが、すぐに崩れてしまう。
「あれ? できない……」
幼竜は、悲しそうな顔で呟いた。
その姿を見たギータは、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
(そうだ、こいつらも、まだ子どもなんだ。力を持て余しているだけで、本当は甘えたいんだ)
ギータは、深呼吸をした。
そして、前世で培った保育士魂を燃え上がらせ、叫んだ。
「お前らーっ! 静かにしろーっ!」
こうして、ギータの、異世界での保育士生活が始まったのだった。