本当の自分③
「俺を、信じてくれ」
最後のダメ押しに、返ってくる返事はなかった。
けれど、握った手から強張っていた体の力が抜けてゆくのが分かる。
「アタルのくせに」
やがてポツリと呟かれた言葉。
「え?」
「アタルのくせに、恰好つけんな」
顔を上げたキャンディは、いつもの生意気なクソガキのキャンディだった。
「やっぱり、お前はそっちのほうが性に合ってるぞ」
少々イラっときたけれど、ホッとしている自分がいる。
「まあ、アタルの寒いセリフあれ以上聞いてたら、こっちが恥ずかしくて死んじゃいそうだったし」
握っていた俺の手をパッと振りほどき、くるりと向けられる背中。
「お前なあ」
「あんだけ大口叩いたんだから、失敗したら ただじゃおかないからな」
振り向き、さされた人差し指。
その横柄な態度は、いつものこいつが少しずつ戻ってきてると思っていいのだろうか。
「ああ」
そんな様子に、やっと俺も肩の荷が下りたような気がした。
もしキャンディを含めた仲間全員で一緒の未来を見られるのなら。
今の俺は、最強だ。
「ちょっとその辺で待ってろ」
黒い頭巾を引っ張り、キャンディの体をミドリコのいるほうへと追いやった。
「どうするつもり?」
少し不安そうな表情がよみがえる顔に、俺は一度立ち止まって笑いかける。
「いいから、見てろ」
そう笑い、広間の中央へ向かってゆっくりと歩き出した。
周囲では相変わらずそこかしこで小競り合いが起きているし、部屋の外には人々が駆けつけてきた気配も感じる。
散々 視界を遮っていた煙もほぼ消え去り、この空間は俺の頭の中と同じようにとてもクリアだった。
目指すは、この場を収められる力を持っている唯一の人物の元へ。
「ブレイブブル、お前に話がある」
未だに檀上でカーラの攻撃を根気よく受け続けていた大男へ、俺は壇下から言い放った。
「ああ?」
「アタル?」
それまでカーラと一進一退の攻防を続けていたブレイブブルが動きを止める。
それはそうだ。
ここまで拗れてしまった状況で話があるなどと言われても、俺が奴の立場だったとしても不審に思う。
「アタル、今更話し合いなんて」
更に戸惑うのは、俺を見遣るカーラ。
彼女にしてみれば、キャンディを連れ出す時間を稼ぐために命懸けで戦っているというのに、何だという思いだろう。
けれど、その作戦はカーラとブレイブブルの闘いが互角になってしまった時点で破綻している。
以前の俺ならば、必死で次の一手を模索しただろう。
でも、もうそんな必要はない。
「お前の話なんて俺が聞く訳ねえだろ」
いつものブレイブブルの威圧的な物言いを、下から見上げるかたちになった俺は
「ファイトマッチを申し込む」
自分でも拍子抜けするくらいに、淡々とその言葉を告げていた。
それまでの騒ぎが嘘のように、広間の中から物音が消え去る。
「はあっ? なに言ってんだ、このバーカ」
最初に沈黙を破ったのは、背後から現れた小林達だった。
「何を考えているんだっ?」
戦いの手を止めたタイカさん達の焦る声も聞こえてくる。
この場の誰もが、あまりに無謀な宣言した俺を奇異の目で見つめていた。
「ファイトマッチだあ?」
さすがのブレイブブルも予想外だったのだろう。
こちらの真意が計りきれず、顔をしかめたまま俺を見下ろす。
「ああ、それもチームでのファイトマッチを希望する」
その提案には、イクリプスの連中からもざわめきが起こった。
ファイトマッチは、基本的には1対1のPvP。
けれど両者が承諾すれば、複数人同士でのチーム戦も無しではない。
暗黙のルールではあるが、ブレイブブルほどのレベルのプレーヤーなら当然知っているはずだ。
「なに雑魚が調子のって話進めてるんだよっ」
「黙れ!」
竹内が俺へと絡んでくるが、それはブレイブブルの一喝によって封じられた。
ファイトマッチは、受けるか断るかは申し込まれた側のプレーヤーの自由だ。
「ねえ、普通のPvPとファイトマッチって何が違うの?」
しばし考え込むブレイブブルを注視していた俺の背後で、折しもそんなミドリコの声が聞こえてきた。
どうやら合流したキャンディに尋ねているらしい。
「うん。どっちもプレーヤーが勝手に始めた明文化されてないものだから、はっきり こうって言い方は出来ないんだけど」
そして、そこそこクダラノ歴のあるキャンディはそう一言前置きして語り出す。
というか、知ってはいたが俺に対する口調と全然違うのはいかがなものか。
「基本的にPvPはプレーヤー対プレイヤーの総称。ファイトマッチは、その中でもランク変動と公開を前提に行われるもの、って感じかな」
恐らくキャンディのその説明ではミドリコには分かりにくいだろうが、他に言い様がないのも事実だ。




