イクリプスからの誘い②
今までは身勝手で横暴な集団だと思っていたが、これではまるで言葉の通じない異星人のようだ。
「なんで私なの?」
そんな応酬が続く中、当事者であるミドリコがブレイブブルへと冷静に尋ねた。
その態度は堂々として、真っすぐに正面を見据えている。
「俺らは、有望株のプレーヤーには先に唾をつけておくことにしててな。少なくともお前はこいつらより見どころがありそうだ」
顎のヒゲを触りながらブレイブブルが答える。
こいつら、と言われた小林達は地味にショックを受けていた。
しかし、ブレイブブルの言い分も理解は出来る。
ミドリコはクダラノについて全くの素人だったにも関わらず、始めて1ヵ月足らずでレベル3にまで達していた。
これは異例の速さであり、相当 優秀なプレーヤーということが分かる。
イクリプスはかなりの勢力だというが、その人数のほとんどは小林達のような虎の威を借りたいだけの小物にすぎない。
しかし組織を強く大きくするには、優れた人材を出来るだけ多く囲うことが必要。
そこで、こうして目についたプレーヤーを片っ端からスカウトして回っているのだろう。
本人の意思も気持ちも無視して、無理矢理に。
こいつがキャンディを誘ったが拒否され、見せしめに孤立させたという話が頭に蘇った。
1年もの間 仲間外れにされ誰にも相手にされず、あいつは何を感じていたのだろうか。
「そう」
様々な感情がゴチャゴチャになって整理できない俺の耳に、凛としたミドリコの声が届く。
「私を評価してくれてありがとう。でも、イクリプスに入るつもりはない」
分かっていたとはいえ……、彼女の口からはっきりとその言葉を聞けて俺は心の底からホッとしてしまった。
「だからさあ、お前に断る権利はねえっつーの」
「何か勘違いしちゃってる?」
太鼓持ちの小林達が嗾けるように騒ぐが、ミドリコはそんな雑音を物ともしない。
「私の居場所は、ここだけだから」
静かだが胸を張った宣言に、ブレイブブルの顔は怒りに歪んだ。
「てめえ、生意気いってんじゃねえぞ」
「痛い目あわせてやってもいいんだぞ!」
途端に周囲からは口汚い罵声が浴びせられた。
ブレイブブルの仲間は小林達だけかと思っていたが、俺らを取り囲むように集まっていた数十人。
どうやら、それは全てイクリプスのメンバーだったようだ。
「おらっ、どうすんだよ」
「大人しく従えってんだよ」
輪を狭めるように敵意を持った奴等に詰め寄られるというのは気持ちの良いものじゃない。
まして、それが自分のせいでこんな状況になっているとしたら……。
「ミドリコはお前らには渡さない」
不安に揺らいでしまいそうだったミドリコの前に、俺は立ちはだかった。
「アタル」
この状況で弱気にならない人間はいない。
いつも他人を思いやるミドリコなら、尚更に責任を感じてしまうだろう。
「おめえには聞いてねえよっ」
だから、どんなに威嚇されようが恫喝されようが、俺はここで引く訳にはいかなかった。
「ミドリコもキャンディも俺の大事な仲間だ。指一本触れさせはしない」
強がりが入っていたのは嘘ではないけれど……、それは俺の心からの言葉だった。
後から思えば。
これが、“地球滅亡レベルのやらかし”と語り継がれる騒動の遠因だったような気もするのだが。
当然、この時の俺はそんなことは知る由もない。
「……覚えておけよ、死ぬほど後悔させてやるからな」
人を殺せそうな目で吐き捨てながらも、何とか去って行ってくれたブレイブブルやイクリプスの連中の姿に安心して。
とりあえず この場は危機を脱することが出来たらしいと、俺は気が抜けそうになっていた。
「おい、大丈夫か?」
騒ぎを聞きつけたのか、入れ違いのようにタイカさん、ビクトリアさん、アビー、ボーテさんが駆けつけてくる。
「はい、なんとか」
緊張から解放された気分で答えたが、逆に俺達を見つめる彼等の視線はどこかぎこちなかった。
「悪いことは言わない。あんたら、もうクダラノをやめたほうがいい」
ボーテさんが、青白い顔でそんなことを言ってくる。
「はあ? なんでうちらが逃げなくちゃならないわけ?」
アカネが不機嫌に言い返すが、彼が俺達を心配して言ってくれているのは明らかだ。
「あいつらの嫌がらせはえげつない。被害に遭わないよう しばらく身を隠すのも一つの手だと思うわ」
普段はハキハキした性格のビクトリアさんまでが陰鬱な表情をみせる。
「けど、私達は何も悪いことなんてっ」
「それが通用するなら、最初からあいつらがのさばっていないさ」
ミドリコを諭すタイカさんの言葉にはとても納得できないけれど、それは真実でもあった。
悪であれ、数は力。
世の中には小林達のような奴等もたくさんいて、暴力や恐怖で弱い人々を蹂躙するなんて事例は現実世界でも腐るほどありふれている。
その理不尽に立ち向かうことが、俺に出来るだろうか……。
「アタルは弱いんだから、無理するなよ」
アビーの不安そうな声が耳に残り、しばらく俺はその場に立ち尽くしていた。