家路より①
勿論それはミドリコに言う必要はないし、小林達も気づいてなければ良いのだが……。
「あ、ヒロカとアカネだ」
少し後ろめたい気持ちを抱えていた俺の目に、遠くから手を振る2つの人影が見えてきた。
空の色は少し夕暮れに近づき、懐かしい世界樹の木は変わらず悠然と緑葉を風に揺らしている。
4人で落ち合う場所は、家を建てる予定のここと約束していた。
「おーい!」
姿ははっきり見えずとも、ピョンピョンと飛び跳ねているのがアカネ。
「おかえりー」
その横でテーブルに何かを並べているのがヒロカだ。
「ただいま」
ミドリコと並んで世界樹の下にたどり着くと、そこでは見慣れた2人が俺達を迎えてくれた。
家になる予定の場所にはロープが張られ、簡単ながら土台のようなものまで埋められている。
中々に本格的な作業のようだ。
「大工のじいさんが、明日から早速取り掛かってくれるって。もちろん、うちもメインで頑張るからさ」
その視線に気づいたのか、得意そうなアカネは何とも頼もしい。
「このテーブルは?」
その横にあった見慣れない木製のテーブルと椅子を見て尋ねると、食器を並べているヒロカが顔を上げる。
「まだ食事する場所がないから とりあえず作ってみたの。家が完成したら、ここをテラスにしてもいいかもね」
確かにテーブルの上には4人分のランチマットと皿、カラトリーが綺麗に並べられていた。
「こんなのどこで手に入れたんだ?」
「あの大通りの店の皆から。テーブルや椅子は家具屋が余った木材で作ってくれたし、皿やカップは雑貨屋の女将さんから売れ残ったのを貰ったの」
「他にも、八百屋とかよろず屋さんが野菜とか調味料なんかも分けてくれた」
アカネとヒロカが言うように、世界樹の根本には何だか色々な雑貨や食料が所狭しと置かれている。
あの武器屋の修繕を手伝ったことが、俺達に人との繋がりを作ってくれた。
「そうか、良かったな」
俺は自然にそんなことを言えた。
「さあ、皆 早く座って」
ヒロカに促され椅子の一つに座ると、丸みのある皿に盛られた料理が運ばれてくる。
「これは?」
「スープパスタ。まだ簡単なものしか作れなくて ごめんね」
とヒロカは言うけれど、クダラノで手作りの飯にありつけると思っていなかった俺には嬉しい驚きだ。
どうやら世界樹の落ちた枝で焚火をおこし鍋をかけたらしい。
実はこの世界樹の枝や葉には、薬草やアイテムに重宝されるほどの霊力が宿っている。
知らなかったとはいえ、何とも贅沢なパスタだ。
「それじゃ、揃ったね」
全員が座った前に料理が並ぶと、夕焼け空を背にアカネがテーブルを見回す。
「今日はお疲れー!」
「お疲れ」
「お疲れさま」
と手元のカップを掲げるとミドリコとヒロカも同じようにしたので、慌てて俺も真似をした。
何だかインティ達との打ち上げを思い出したが、このカップに入っているのはただの水だ。
「明日もよろしくー」
「このパスタ美味しい」
「今日は何してたの?」
静かにフォークでパスタをすくう俺の前で、アカネ、ミドリコ、ヒロカはワイワイとお喋りに花を咲かせている。
皮膚感覚を通常に設定している肌に涼しい風が当たって、夜が近づいていることを感じさせた。
こんな光景は初めてのはずなのに。
「ん? アタル、ぼーっとしてどうしたの?」
黙り込んだ俺に気づいたアカネが、こちらを覗き込む。
「いや、なんか……」
その向こうにはザワザワと世界樹が揺れている。
「なんか?」
「なんか、帰ってきたなって」
つい口にしてしまってから、俺はちょっと慌てた。
たった数日行動を共にしただけなのに、これじゃ馴れ馴れしい勘違い野郎みたいじゃないか……。
けれど。
「そうだね」
風に髪を揺らしたミドリコが柔らかく笑う。
「半日も別行動だったもんなあ」
「たまには こっち家のほうも一緒にやろうよ」
アカネやヒロカも、まるで自然に会話を続ける。
俺がここにいるのは、全然ヘンなことじゃないとでもいうように。
そんな空気がくすぐったく思えて、俺は無言でひたすらパスタをかき込んだ。