戦いのあと②
「……あれ、何て言ってたっけな」
シュヴァートは、とぼけた声で頬をかいた。
こいつが酔うと記憶をなくすタイプだったことに、今は心から感謝した。
「ま、そのうちログインするだろ。なんせ最強ランカー様だからな」
そんな馬鹿笑いに胸を撫で下していると、周囲では破壊された町にも段々と人々が戻りつつある。
「姉ちゃん、すごかったぞ」
「もしかして、高レベルプレーヤーのサブアカか?」
最初のレプティリアンを倒した場面を見ていた人達が、ミドリコを見つけるとワイワイと集まってきた。
「いえ、私はそんな。あの方みたいに強くなかったですし」
シュヴァートを見ながら戸惑う声を出すものの、既に祝い酒が始まっている連中は楽しそうに囃し立てる。
「いやいや、見事な一撃だった!」
「あんたが倒してくれなかったら、俺の店はなくなってたところだよ」
豪快に笑うのは、武器屋の一つ隣にあるアイテム屋のオヤジ。
「店が半壊した俺の前でよくそんなことが言えたもんだな!」
武器屋のオヤジが瓦礫を片づけながら怒鳴ると、周囲からはどっと笑い声があがった。
そんな光景を眺めて、本当にどうにかなったんだな。とやっと湧いてきた実感に浸っていた俺は、服を引っ張られる感覚で視線を下に向けた。
「ん?」
見れば見知らぬ少年が俺のシャツの裾を掴んでいる。
いや、知らない顔じゃない。レプティリアン襲撃の時、この辺りで泣いていたあの男の子だ。
「ありがとう」
そう言いながら差し出されたのは、緑色の液体が入った小瓶。
このクダラノ内でHPを回復させる「回復薬」と呼ばれるアイテムだ。
「え? くれるのか?」
驚きつつ瓶を受け取ると、その顔がこくりと頷く。
「助けてくれたのは、アタルだから」
スカウターで俺の名を確認したのであろう彼は口を尖らせながら言った。
アマテラスの力に比べれば、俺は今回 何も出来なかったに等しい。
それが歯がゆくもあったのだが、見ている人は見ていてくれたらしい。
回復薬はHPが10だけ回復する、序盤用の安いアイテム。
しかし、レベル1の彼からすれば大切な所有物に違いない。
その感謝の気持ちが嬉しかった。
「そっか、ありがとう」
俺も素直に微笑むと、少年 ― アビー ―も笑って背を向ける。
「お互いに強くなったら対戦しような」
そう笑って走り去ってゆく姿に、俺も手を振った。
あ、そういえば。
回復薬をポケットに仕舞うと、同時に反対側の手で握りしめていた杖の存在を思い出した。
これを武器屋に返さなければ。
紫の石をはめこんだ木の魔法杖。
今となってはもう相棒のような気さえするが、あの武器屋から勝手に持ち出したものだ。
「これ、すみませんでした」
周りがモンスター撃退の余韻で盛り上がる中、俺は黙々と壊れた店の片づけをする武器屋のオヤジの背中に声をかけた。
「ああ?」
振り向いた赤い顔に睨まれてしまったが、その強面は俺を見て またぷいっとそっぽを向く。
「咄嗟に借りてしまって。でも壊れたりはしてないんで」
「いらねえよ」
喋りかける俺の言葉を遮り、愛想なくオヤジは言う。
「あの、売り物にならなくなったなら買い取ります。ちょっと金貯めるのに時間かかるかもしれないけど」
何か気分を害してしまったのかと思い言葉を続けると、赤ら顔はため息をつきながら
「いらねえって言ってるだろ、あんたにやる。その刀も嬢ちゃんが持っていきな」
そんなことを言った。
「え?」
その刀とは、さっきミドリコが手にしてレプティリアンへ斬りかかった時のもの。
「でも、そんなの申し訳ないです」
「お前らがいなかったら、俺の店も半壊どころじゃ済まなかったからな」
そう周辺を見回すオヤジは、怖そうだけれど実は良い人らしい。
「いや……」
「いいじゃん。折角くれるって言ってるんだから」
困ってしまった俺の背中を叩いたのは、近寄ってきたアカネだった。
「そうそう。私達がこんなちゃんとした武器手に入れらるなんて、いつになるか分からないんでしょ?」
ヒロカも傍に来てそう耳打ちする。
まあ、それは確かにそれはそうなのだが。
「でも、さすがにただって訳には」
無一文の俺達が売り物の品を貰うというのは、さすがに気が引けてしまった。
「それなら」
そんな様子を見ていた武器屋のオヤジは、瓦礫や梁が無残に散らばったままの店内を顎で示す。
「ここを直す手伝いでもしてくれや」




