強襲①
このクダラノでは、例えレベル0のプレイヤーでも高レベルのエリアに行くことが出来ると説明した。
ということは、その逆もあり得る。
高レベルのモンスターが初心者の町に襲撃なんて事態も、極まれにだが起こり得るのだ。
「なな、なんであんな強い奴がっ」
突如出現したモンスターを茫然と見上げていた俺の耳に、小慌てふためく声が聞こえてきた。
見れば、座り込んだままの小林が白目をむいている。
しかし、その反応は仕方ないというもの。
彼のレベルは23。あのクラスのモンスターは今まで遭遇したこともないだろう。
そうしているうちにも、レプティリアン(ヒト型爬虫類)を思わせる大型モンスターは家々や店をなぎ倒しながら狂暴に前進していた。
非常にまずいことに、その進路は俺達のいる方向へと向いている。
「レベル……48?」
人々が逃げ惑う騒ぎの中、誰がが驚愕の声をあげた。
俺もスカウターでちょうどモンスターのレベルを見てみたが、確かにそのレベルは48。
そして弱点は『不明』となっている。
クダラノ内でレベル1の差は非常に大きい。
レベルが5違えば、プレイヤー同士でもモンスター相手でも上位者に瞬殺されると思って良い。
このトリアエズの町に集まっているのは、ほとんどがレベル10未満の初心者か非戦闘系のプレイヤー。
これが どれだけ絶望的な状況かは、火を見るよりも明らかだった。
昔から俺は、タイミングというか運が非常に悪い。
何の関係もないトラブルに巻き込まれるのは日常茶飯事。
逆に一緒にいるとレアなモンスターやイベントに遭遇できるなんてシュヴァートやスィーティーには からかわれる始末だ。
「くそ」
しかし、何とかするしかない。
小さく悪態をつき、右手を左半身へ回し……たが、そこに慣れ親しんだ神刀はなかった。
うっかり いつもの癖でそうしてしまったが、今の俺はアマテラスではないのだ。
「……とにかく逃げろ!」
すでに群衆が走り出している中、俺は背後の3人娘、そしてクラスメイトに向かって叫んだ。
レベル0の俺が出来るのは、情けないことに このくらいしかない。
自分もここから離れようと、地面を蹴ったのだが。
「た、助けてくれっ」
「なんなんだよ、もう!」
腰を抜かした小林が、地面にへたりこんだまま泣き出しそうになっている。
一緒になって竹内と木暮もその場にとどまり意味のないことを喚いているだけ。
なにしてるんだ、あいつら。早く逃げろよ!
心の中で舌打ちをしたが、パニックになってしまうと ほとんどの人間はそんな判断すら出来なくなってしまう。
特に自分の力を過信していた奴等は、いざトラブルが起こると思考が停止するパターンが多いのだ。
別にここで放置してあいつらがモンスターにやられたところで、大したことではない。
クダラノ内での死は5日間のログイン停止と諸々のペナルティだが、現実で死ぬ訳でも実際に金を取られる訳でもない。
俺には何の関係もないし、ちょっと調子に乗ってた分いい薬になるだろう。
そう思うのに。
壊れる町、恐怖に叫ぶプレイヤー、不穏に鳴り響くサイレン。
そんな光景を、やけに冷静な頭で見回した俺は
その場に立ち止まった。
『ゲームは、皆で笑ってやったほうが楽しいじゃない』
どこからか、そんな優し気な声が聞こえた気がした。
今の俺に出来ることは少ない。
やれることといえば……。
周囲を見回すと、店の前に商品を並べていた武器屋の店主がアワアワとそれらを片づけている。
小林が『あの店の魔法の杖をお前らが買うにはどうしたらいいと思う?』と言った、あの店だ。
そんなことしてないで早よ逃げろと店主には言いたいが、あれだけの武器を集めるのには相当な時間と労力が必要だったはず。
諦めきれない気持ちも、まあ分かる。
俺は、その店先に残されたままの紫色の石をはめ込んだ木の杖に目をつけた。
小林が『あの店の魔法の杖をお前らが買うにはどうしたらいいと思う?』と言った、あの杖だ。
武器としてのレベルも低く、バクチクとかこん棒という所謂ガラクタと一緒に店主から置き去りにされてしまった可哀そうなやつ。
「オヤジ、これ貸してくれっ」
声はかけたものの、その返答をもらう余裕など当然なく。俺は引っ掴んだ杖を右手に持って高く掲げた。
クダラノは、本来はモンスターをひたすら討伐するだけのゲーム。
トーナメントも、商売も、クレープも後から参加したプレイヤーが作った楽しみ方に過ぎない。
ランダムに出現するモンスターを倒しレベルアップするだけというクソ仕様。
そんなクソゲーが、どうしてここまで人を惹きつけるのかといえば。
そのクソさのせいであると言わざるを得ない。