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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第10章 佐藤蒼紀
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10-2 ミサンガ

「おい、どうしたんだよ!」


 怒声のような野次がとび、我に返った愛華あいかの肩が大きく上下した。


「あ、あの、突然すみません」


 彼女はマイクに顔を近づける。スピーカー越しに、一度深呼吸が聞こえた。


「……まず、私の噂についてお話しさせてください。私の親が詐欺師であることは事実です。多くの人を騙してお金をとっています。この中にも被害に遭われた方がいるかもしれません。みんな……」


 声が上ずっている。

 来場客たちのどよめきを消そうとするかのように彼女は声を張った。


「みんな、私のこと、嫌いだと思います。でも、私も自分のことが大嫌いです。自分の親のことだって大嫌いなんです。自己中に聞こえるかもしれないけど、誰かに助けてほしいってずっと思っていました。最低な親の元から攫ってくれないかって思ってました。誰かが土足で家に上がって、私をさらってくれないかって……。でも、誰も土足で私を助けない代わりに、みんなが土足で私の気持ちに踏み込んできて傷をつけていく。私は親と離れたくて、自分を変えたくて、勇気を出してこの高校に入学しました。なのに、なにも変わってない。親が詐欺師だってこともバレたし、相変わらず自分が大嫌いです。……本音を言うと、どうすればいいのかわかりません。みなさんに謝ればいいのか、私と親は関係無いって突っぱねればいいのか、わからないんです。歌う権利なんて私には無いって思うんですけど、それでも私は歌うことしかできないから。そうすることでしか、自分を保てない気がするから。友達が譲ってくれたこの場所で歌うことしか、私にはできないんです。だから……、だから、歌わせてください」


 ざわめきは引かない。

 愛華が振り返った。両目が赤い。急いで化粧を施した唇はぎゅっと閉じられている。

 彼女は怒っているのだ。

 親に。責める相手を間違えた被害者たちに。

 そして自分自身に。


 マイクに左手を掛ける。結ばれたミサンガがすべり、ひじのほうへ落ちた。色のついた糸をぜにしただけのただの紐だ。それになにを祈ったのかは知らない。


 俺は多分、愛華のことをなにも知らない。


 笑顔あふれる温かい家庭で育ったのだと思っていた。

 詐欺を働くような親なのだ。そんな親の元でどのように生活していたのかなんて想像もできない。

 どんな思いで髪を染め、全寮制のこの高校へやってきたのか。

 向上水の被害者であるこころのために、どんな思いで「水以外にしてほしい」とクラスメイトの前で頭を下げたのか。知らないことばかりだ。友達なのに。


 今考えるのはただ、愛華に気持ちよく歌ってもらうことだけ。主役は彼女。下手くそな伴奏が止まったとしても、素晴らしい歌までは止まないだろう。


 指を乗せ、止まない喧騒の中ピアノを弾き始める。

 意味のある時間にしたいと思った。友達のために何かしたいと思った。


 愛華が息を吸い込む。彼女の声が響き渡ると誰もが無駄口を叩くのを止めた。

 物悲しく、優しく、力強い歌声。しびれを切らして退場しようとした客も足を止める。

 震え上がっていた姿からはとても想像のつかない歌声だ。しかしこれが彼女の本来の姿なのだと、そう思わずにはいられなかった。


――愛華のこと嫌いじゃないよ。


 ピアノがもっと上手ければ、今の気持ちを音色に乗せて、そのまま伝えられただろうか。

 言いたいことがあれば伝えてしまえばいい。他人の顔色をうかがって無理に笑わなくていい。

 他人の言葉に傷ついた分、そして他人を傷つけた分、上手くやっていく方法を知ったはずだ。もしまた相手を怒らせるようなことがあれば謝ればいい。人と人との関係は修復しながら築いていくものだ。


 最後の一小節を奏で、ピアノから指を離す。椅子から立ち上がると全身からどっと汗が流れ落ちた。

 会場から拍手が沸き上がる。

 彼女を受け入れるような優しい音だった。


「ありがとうございました……!」


 会場に向かって深く一礼し、愛華はこちらを振り返る。


 泣いてなどいない。


 一歩前へ踏み出す覚悟を持った少女が微笑んでいるだけだった。


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