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9-1 歌って
第9章 「野沢心」
「馬を水辺に連れていくことはできても水を飲ませることはできない」
「えっ……」
生徒会長であり自分の従兄である野沢優丞を振り返る。
見ろ、と彼が顎でステージを指した。
スポットライトに照らされた愛華がマイク前で硬直している。
オーディションのときと同じだ。とても歌い出せそうにない。ピアノの前に座り彼女の合図を待つ蒼紀も困惑しているのがわかった。
「愛華……」
あとは歌うだけなのに。
歌えばきっと、何かを変えられるはずなのに。
歌って。
つい胸の前で手を組んだ。
根拠の無いものにすがりたくなる。占いでもおまじないでもミサンガでもなんでもいい。友達に歌わせる方法があるのならば、誰かに教えてほしかった。
「機会はやった。生かすも殺すも、彼女次第だな」
肩をすくめ、彼は隅に積まれたダンボールの一つを開けた。
葉っぱの絵の上にペンで大きく「さしいれ」と書かれた箱。彼は中からペットボトルを一本取り出す。
「……それ、貰えるかしら」
「は?」
緑茶のペットボトルに口を付けようとした彼が手を止める。
「あと、ここから一番近い水道の場所を教えてください」
「……………………はあ?」
気の抜けきった、彼らしくない声が漏れた。




