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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第8章 野沢優丞(回想)
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8-2 敵が多い理由

向上水こうじょうすいを原価で売れってことですか?」

「ああ、そういうことだ。流石にタダでとは言わないさ」

「それは、ちょっと……」


 目の前にいる彼女、木戸愛華(あいか)と矢崎のやりとりが記録された映像を見せる。

 彼女は食い入るようにスマホの画面を見つめ、そして落ち着いた様子で首を横に振った。


「私が水を売っているのは事実ですけど『どうしても売ってほしい』って頼まれたからやっていただけですよ」

「木戸さんの親が詐欺師だと知って尚、周りはきみの言葉を信じるかな? 詐欺師の娘が校内で荒稼ぎしていると勘違いしてもおかしくはないと思うが」


 教師に知られたら彼女は退学となるだろう。そうなれば彼女の親も面目丸潰れだ。


「……わかりました。向上水を持ってきます」


 もう少しごねるだろうかと思ったが、意外にもあっさりと承諾してくれた。首席になるだけあって、ものわかりがいい。


「水、どのくらい必要ですか?」

「そうだな」


 悔しそうな彼女の顔を眺めると愉快だった。考えるふりをして口に手を当て、にやけるのを隠す。


「週に十本ほど用意できるか。校内にきみの被害者がいる。彼らを救ってやろうと思っている」


 勿論、嘘だ。



 数日後、約束通り彼女は水を持ってきた。紙袋の中を確認する。水が入ったペットボトル。

 つい恍惚としかけた。

 水と引き換えに、小学生の小遣い程度の額を入れた封筒を渡す。


「ありがとう」


 生徒会長として壇上に立つときのように爽やかに笑ってみせる。

 中等部卒業までは彼女と接点がある。それまではなんとか、この水を手に入れ続けなければ……。


「大変だったかな」

「なにがですか?」

「親御さんにばれないようにするのは」

「……いいんですよ。いくらでも持ってきますよ。こんな水」


 ぶっきらぼうに彼女は呟く。その言葉は強がりには聞こえなかった。

 彼女はぼんやりと手元の封筒を見下ろしている。


「会長のおうちも、お金が無いんですよね?」

「……金?」


 耳を疑い訊き返す。

 心臓が一度強く脈を打った。


 なぜ、お前がそれを知っている。


「親御さんが向上水のことをよく思ってなくて買ってもらえなくなったって人とか、おうちにお金が無くなったから買えなくなったって人とかが、私のところによく来るんですよね。『親のことばらすぞ』って。会長は後者でしょう。『原価で』って言ってましたし。矢崎先輩みたいにタダにしろって言われるとちょっと困っちゃいますけど。……大変ですね。あっ、正直に言ってもらって大丈夫ですよ。向上水は、全て自分で飲むんだって」


 肩が震えた。

 全て彼女が察した通りだ。

 うちには金が無い。無くなったのだ。

 木戸愛華の母親から向上水を買い、星盟学園の高額な学費を払っているうちに底をついた。

 これ以上の学費は払えそうにない。だから、中等部を卒業すると同時にこの学園を退学することが決まっている。


 血の滲むような思いで受験勉強をし、入学した星盟学園。ここに入れば就職まで安泰と言われている。

 入学できたのは木戸の親が売る水を飲んでいたお陰。そんなものはインチキだとはわかっている。わかっていてもこの水を飲まないと落ち着かなくなってしまった。


 入学後もしばらくは彼女の親から購入していたが、星盟学園を退学することが決まると向こうから連絡が途絶えてしまった。

 客として見限られたのだ。それ以降は向上水を飲んでいない。


 退学が決まり、ずっと弾き続けたいと思っていたヴァイオリンはやめさせられ、水は飲めず、さらには祖母が病気であることも発覚した。頭がおかしくなりそうだった。


「ジュースでも買おうかなあ」


 木戸愛華は渡した封筒を持ち上げ、日差しに透かす。中身は小銭が何枚か。それも母の財布から黙って抜いたものだ。


「……きみに敵が多い理由、よくわかったよ」


 制服が汚れるのも厭わず、花壇の縁に座り込む。


「え?」

「ゲリラライブのときの動画だって誰かが勝手にあげてしまうわけだ。学校に知られて大事だっただろう。酷い嫌がらせだが、仕方がない」


 彼女は「ああ」と、屈託なく笑った。


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