1-7 めっ……ちゃくちゃ美人なんだよ
そんなこんなで、一年四組の教室の前までたどり着く。
室内からポップコーンのような笑い声が聞こえてきて怯んだ。また腹が痛くなりそうだ。
「ソーくん、一緒に入ろ!」
気持ちの準備が整っていないうちに愛華に腕を引かれた。彼女はそのまま躊躇うことなく教室に入る。
廊下にまで響くような声で盛り上がっていたのは、四組の女子たちだった。
教室の隅に集まり、みなスマホを手にしている。連絡先を交換し合っているらしい。
「おっはよー!」
愛華は臆することなく、その集団の中に飛び込んでしまう。
「A棟の子にはもう言ったけど、私、木戸愛華! 愛華って呼び捨てにして。こっちは同じA棟の佐藤蒼紀くん」
一斉に振り返った女子たちの視線に戸惑いつつ、軽く頭を下げる。
「お、おはようございます」
声がうわずったが、何人かが「おはよう」と返してくれた。
「あっ、このクラスのグループチャット作ってるの? 入れて入れて! ほらっ、ソーくんもスマホ出して」
「う、うん」
言われるがままにスマホを取り出し、チャットのアプリを起動させた。しかしどうやって自分の連絡先を他者に教えたらいいのか思い出せない。
もたついていると、愛華が俺のスマホに人差し指を乗せた。あれよあれよという間に「一年四組」というチャットのグループに俺のアカウントを追加してしまう。そしていつの間にか、愛華とも一対一でやり取りできる状態になっていた。
挨拶代わりの儀式が済んだ。女子たちはそれ以上の関心を俺に示さず、輪の中に愛華を加え談笑を続ける。
俺はさりげなくその場を離れ、自分の席を探した。
「佐藤蒼紀」と書かれた名札が貼りついた机を見つけ、椅子に座る。窓際の列、後ろから二番目だ。
手の中のスマホを見下し、ほっと息をつく。
「……」
自分は今、なにに安堵したのだろう。
考えていると、軽く肩を叩かれた。人懐っこそうな男子生徒二人がすぐ横で立っている。
「よう。連絡先教えて。俺は遠藤翔太」
「僕、大隅健一。僕らはB棟だよ」
肌の焼けた小柄な男子生徒が「遠藤翔太」、色白で丸っこい生徒が「大隅健一」と名乗る。
「佐藤蒼紀。……よろしく」
声が掠れ、咳払いをした。同級生と会話するだけなのに、まだ少し緊張してしまう。
再びチャットアプリを立ち上げていると、遠藤翔太が神妙な面持ちで顔を近づけてきた。
「なあ。『ソーくん』なんて呼ばれてたけど、佐藤は木戸愛華と前から知り合いだったのか?」
「いや? 寮が同じっていうだけで、昨日会ったばかりだよ」
昨夜の出来事は己の名誉のために伏せた。
「なーんだ、それじゃ愛華に彼氏がいるかどうかなんて知らないよな? なあ?」
遠藤はでかでかとため息をつく。話しかけてきた目的は連絡先の交換に加え、木戸愛華についての情報取集をするためでもあったようだ。
「俺の彼女候補第二位なんだけどなあ」
「ちょ、ちょっと遠藤くん。同じクラスの生徒をそんな目で見るなよ」
「なんだよ。大隅だって可愛い子とソシャゲの話したいって言ってただろー?」
二人は親しげにじゃれ合っている。
「遠藤と大隅は同じ中学だったのか?」
二人につられて、自ら世間話を振ってみた。
「そうだよ。遠藤くんと僕は三年間同じクラスだったんだよ」
「腐れ縁だよなあ。佐藤はこの辺の中学か?」
「いや。少し遠い」
ゆえにこの昇山高校に知り合いは一人もいない。俺にとっては好都合だった。
「愛華も実家がかなり遠いって言ってたな。全寮制だし、そういう生徒も多いんだろうな」
そう言いながら遠藤は親指でスマホを操作する。
「よし、大体の連絡先はゲット。聞いてないのはあと一人だけだな。まだ登校してないのか?」
「そういえば遠藤くん、彼女候補一位って誰のことなの?」
大隅が訪ねると、遠藤が「よくぞ聞いてくれた」とにやつく。
「俺らと同じB棟の女子なんだけど、昨日は話しかけられなかったんだよなあ。めっ……ちゃくちゃ美人なんだよ。芸能人みたいだったぜ。下手すりゃ、芸能人より整った顔してたかも!」
「……もしかして、それって」
他の女子には大変失礼な話だが、思い当たる「美人」は今のところ一人だけだった。
「おはよう」
教室のドアががらりと音を立てて開く。
入ってきたのは、たった今名前を口にしようとした人物、野沢心だった。