7-1 電子音
第7章 「佐藤蒼紀」
『佐藤、愛華、早くっ! もう合唱部が歌い始める』
スマホの画面の向こうで、遠藤が急かす。
予定はかなり早まったがステージに立てることになったと彼に知らされ、愛華と練習室を飛び出した。
「でも、本当は休憩に入ったときに始めるはずだったんじゃ……」
『いいから! 今はとにかく急げって』
遠藤と大隅の二人が漫才をするはずだった時間が迫っている。階を一つ下りると、廊下は昇山高校の生徒や来場客でごった返しになっていた。
「でも、本当にいいの? エンショーくん、スミーくん」
息を切らしながら愛華が遠藤に訊く。
『いーの、いーの。野沢さんがあんなに頭下げてるの見ちゃったらな』
「ココちゃんが、誰に……?」
やっと体育館に辿り着いた。
遠藤と大隅に手招きされ舞台袖へ入る。生徒会長と心もいた。二人ともなぜか頭と服が濡れている。
背を向けステージを見つめる野沢優丞に、愛華がおずおずと歩み寄る。
「あ、あの、ありがとうございます。こんな機会をいただけて……」
礼を言われても、彼は振り返らない。いつもの凛然とした雰囲気は消え、少しやつれているように見えた。
「でも、私、やっぱり水は……」
「愛華、その話は後よ。今は歌うことだけに集中して」
「心? それ、どうしたんだ」
よく見ると彼女の制服は泥だらけだった。
「話は後だって言ってるでしょう」
合唱部の演奏が終わる。会場に拍手が沸いた。
「じゃあ、頑張ってくれよ」
「愛華ちゃんの歌、楽しみにしてるからね」
遠藤と大隅の二人は蝶ネクタイを付けたまま、にこにこと手を振り客席へ戻っていった。
『急遽内容に変更があります。漫才に代わりまして、木戸愛華さんによる歌唱となります』
文化祭実行委員によるアナウンスが流れる。
「よし、行こう、愛華」
「うん……!」
「二人とも、頑張って」
心にぽんと背中を押されると、手の熱が伝わってきた。
ステージに歩み出る。拍手とざわめきに襲われた。
ライトが眩しい。つい目を閉じる。
ピアノ椅子に腰掛ける頃にはもう背中のぬくもりは消えていた。深い呼吸を繰り返す。
「大丈夫」。
自分に言い聞かせた。
そのときだった。客席から電子音が複数聞こえた。
その小さな音に身の毛がよだつ。
愛華の顔をうかがった。
悪い予感は、当たったらしい。




