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5-3 不幸にしちゃった

「もう一度言うわ。ゲリラライブをしましょう」

「む、無理だよ、そんなの。動画を見たでしょ? 私の親は詐欺師なの。ただの水を『頭がよくなる水』だってだまして売っていたの。最低最悪の人間なんだよ。あんな水のせいでココちゃんのことだって不幸にしちゃった……」


 愛華あいかは声を絞り出す。


 彼女はその記憶力のお陰で、幼少期から地元のちょっとした有名人だったという。

 彼女の母親が、いわゆるママ友に「娘のように記憶力がよくなる」と言って水を売り出したのがことの始まりだった。軽音楽愛好会の動画がきっかけで通っていた星盟せいめい学園にその事実が知れ渡った。


「親がわけわかんない水売ってるってことがバレたんだもん。もうこの学校にも居られない。みんなの前で歌うなんて無理だよ」

「親なんて関係無いだろ」


 阿漕あこぎな商売をしていたのは彼女の親だ。

 愛華ではない。


「親なんて関係無いし、愛華が水を売ってたなんてデマだろ。ゲリラライブしよう。退学だって考えなくていい」

「売ってたの! 星盟で私は水を売ってた。星盟にも向上水を飲んでいたって人がいて、その人達に親のこと言いふらすって脅されてたし、それに、みんなかわいそうで申し訳なくて……」

「かわいそう?」

「中学受験が済んだらもう水を買ってもらえなくなったって人とか、水を買い過ぎて経済的に苦しくなっちゃったって人がたくさんいたの。みんな、自分が勉強できているのは水のお陰だって思い込んでいるの。向上水こうじょうすいが飲めないと落ち着かないんだって……。そんなわけないのに……! あんなもの、効くわけないのに!!」


 彼女は苦しげに顔を歪め、言葉を吐き出す。


「私は騙してるつもりも、お小遣い稼ぎのつもりも無かった。人助けだと思ってやってた。それなのに星盟の友達みんなに無視されるようになったんだ。それから学校に行けなくなっちゃったの。……でも、誰にも話し掛けてもらえなくなった原因は水だけじゃない。私、つい、言っちゃいけないことを言っちゃうから」


 彼女は崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。


「ソーくんだって私の言ったことで怒ったでしょ。私のこと嫌いになったでしょ。誰も知らない場所に来れば少しはマシになれるかもって、また歌えるようになるかもって思ってここに入学したのに何も変わってない……。私は最低なままだ。私は嫌われて当然なの。のんきに歌なんて歌っていちゃいけない。人前で歌う資格なんて無い」

「……いつ愛華を嫌いになったなんて言った?」

「私も、自分のことを不幸だなんて思っていないわ」


 膝を折り、震える愛華の肩に手を置く。


「星盟学園に落ちたからこそ、私はこの高校に来ることができた。ここであなたと友達になれた。それのどこが不幸なの?」

「ココちゃん……」


 愛華が青くなった顔を上げる。


「俺や心のことは気にしなくていいんだ。だからみんなの前で歌ってほしい。きっとみんな、愛華のこと受け入れてくれるから」

「でも、でもやっぱり怖い……」


 虚ろな目で愛華が呟く。

 乾ききった唇に血がにじんでいた。

 心は優しく彼女の手をさする。ミサンガの結ばれた彼女の左の手首には、痛々しいみみず腫れの線が無数に走っている。爪が皮膚を削る音が聞こえてくるようだった。


 彼女が口にした「怖い」は、「緊張している」という意味ではない。

 昇山しょうざん高校の生徒や文化祭の来場者の中にも向上水に生活をめちゃくちゃにされた被害者がいるかもしれない。ステージに立てば、愛華が糾弾されるかもしれない。

 彼女は本当の加害者ではないのにも拘らず。


蒼紀そうきくんがステージにいるわ。私もあなたのことを見守っている。だから、安心して」

「えっ? ソーくんが伴奏をするってこと……?」


 愛華に訊かれ、大きく頷いた。


――ゲリラライブをしよう。


 昨日になって、そう心に持ち掛けたのだ。

 愛華を引っ張り出しステージに上がって勝手に歌い出すという作戦だった。

 謹慎や停学になる恐れだってある。だから、言い出しっぺである自分が伴奏を買って出た。

 心には反対されると思った。彼女なりに練習してきたのに出る幕が無くなってしまうからだ。

 しかし彼女は少し考え込んでから、あっさりと承諾してくれた。

 作戦内容を聞かされても尚、愛華は不安そうな顔をしている。


「ゲリラライブを仕掛けるのは午前の部が終わって休憩に入るタイミングだから、まだ練習する時間はあるわ。分散学習は演奏の練習にも効果があると言われているし、蒼紀くんならきっとできる」

「……ココちゃんはそれでいいの?」

「私はやらなくてはいけないことがあるから」

「昨日言ってた『善処』ってやつか?」


 俺はまだその「善処」の内容を教えてもらっていなかった。


「ええ。先に言っておくけど、失敗したらごめんなさい」


 スピーカーから校内放送が響く。文化祭の開催式のため、生徒たちは体育館へ集まるようにとのことだ。


「愛華。あなたから水のことが聞けてよかった。話してくれてありがとう」

「え……?」

「急ぎましょう」


 愛華の手を取り、彼女は立ち上がった。



第5章 「佐藤蒼紀(そうき)」了


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