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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第4章 野沢心(回想)
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4-4 約束

 居心地の悪い通夜ぶるまいを抜け出し、祖母の家の縁側えんがわから空を見上げた。

 月は無い。空は塗りつぶしたように黒い。


 サンダルを履いて庭へ出た。

 風で倒されたままの植木鉢を一つ一つ直していく。何が植えられていたかなんて、もう思い出せない。何度もここへ通ったはずなのに、花の名前なんて一度も尋ねたことがなかった。

 祖母の記憶がしっかりしているうちに教えてもらえばよかった。ピアノだってそうだ。一人で練習しても、なかなか上達しない。


――高校ではきっとお友達ができるわよ。


 最期に祖母に言われた言葉だ。

 彼女は笑っていなかった。

 他人の手を借りなければ食事も排泄も上手くできず、つい昨日の出来事さえも思い出せなくなった彼女は背筋をピンと伸ばし、そう語り掛けた。


 星盟せいめい学園を不合格になったことも、友達がいないことも、なにもかも悟っているというような表情で。


――たくさんお友達を作ってね。約束よ。


「……そんなの、無理よ」


 夜の庭の中でぽつりと呟く。飲み込まれそうなほど暗い。

 初夏なのにやけに冷えた夜風が吹き、肌が粟立あわだった。

 「大丈夫よ」と言ってくれる優しい祖母はもういない。


 祖母はもう、どこにもいない。


 確認するようにその言葉を反芻すると、身震いが起きた。

 もういっそのこと、この真っ暗闇の中に消えてしまいたい。祖母と一緒に骨になってしまいたいと思う。


 誰かの靴が庭の砂利を噛む音が聞こえた。

 宵闇から現れたのは、従兄の優丞ゆうすけだ。彼とは約二年ぶりに会う。祖母のいた老人ホームのイベントで鉢合わせて以来だ。


「お久しぶりね」


 彼は目を逸らし小さく「ああ」と返事をするだけだった。


「前よりもっと素っ気なくなったわね」

「うるさい。おまえは相変わらずだな」

「おまえって呼ばないでくれる」


 舌打ちをされてしまった。べつに、喧嘩がしたかったわけではない。亡くなった祖母だって孫二人が険悪になるのは喜ばないだろう。

 しかし彼の服装に気付き、ついまた口を利いてしまった。


「ねえ、どうして星盟学園の制服を着ていないの?」


 彼の通学している星盟学園の制服は、遠くからでもよく目立つ赤いタータンチェックの生地を使っていたはずだ。

 しかし今はぶかぶかのシャツと地味な色のズボンを身に着けている。


「叔父さんに借りたの? お通夜だから派手な色を避けたのかしら」

「これ以上話し掛けないでくれよ」


 彼は面倒くさそうに言い放ち、靴を脱いで縁側に立つ。こちらを見下ろし、なにかを思いついたというような顔をした。


こころ、おばあちゃんがどうして死んだか教えてやろうか」

「……は?」

「ついてこい」


 不審に思いながらも、言われた通りサンダルを脱ぎ彼の後を追う。親戚の声が漏れる広間の横の廊下を抜け、二人で入ったのは祖母の寝室だった。この部屋までは片付けの手が回らなかったようでほこりっぽい。


 優丞は電気を点けると部屋の隅に詰まれていたダンボールを勝手に開封し始めた。


「なにしているの。怒られるわよ」


 形見分けまでは家の中の物を触るなと言われている。

 しかし彼は手を止めなかった。

 見ろ、とうながされ中を覗き込む。


「……!」


 顔を手で覆った。

 ダンボールに詰め込まれていたのは水入りのペットボトル。


 受験が終わるまで無理やり飲まされた「向上水こうじょうすい」だった。


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