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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第3章 佐藤蒼紀
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3-36 彼女の表情

 丸一日経ち、二人とは口を利くことがないまま土曜日になった。


 久々に泥のように眠ることができた。

 昨晩はいつ布団にもぐったのかも思い出せない。起床と同時に空腹で腹が鳴ったが、すでに朝食が提供される時間を過ぎている。


 愛華あいかこころは今日も集まってなにか作って食べるのだろうか。有志発表に向けて二人で打ち合わせをしながら。


 本番まで時間が無い。突然怒り出して放り出したやつの愚痴なんて言っている暇も無いだろう。


 これでよかった。

 そもそも、勉強だけをしていればいいと思ってこの学校に入ったのだから。友達を作ってわいわいやるとか課外活動に参加するとか、学校生活を謳歌する予定なんて無かった。それが少し変な気を起こしてみたらこの様だ。


 勝手なことをして二人は傷ついただろう。しかし本番までに伴奏を弾きこなす自信なんて無かった。ただ机に向かって勉強をする。結局それが自分の性に合っているということだ。合わせる顔が無い。あきれた二人に今後も口も利いてもらえないかもしれない。


 でも、これでよかった。これでよかったんだ。

 胸に空いた穴を埋めるために、自分にそう言い聞かせるしかなかった。


 枕もとに置いていたスマホを手に取る。


『今日、なに食べたい?』


『いつもの時間に待ってるね』


『あと、昨日は本当にごめんなさい』


 メッセージが連続で三つ届いていた。全て愛華からだ。受信したのは俺が投げやりになって寝ている間だった。

 メッセージは数分ずつ間隔を空けて送信されたようだ。手紙ではないのだから消しゴムで消した痕なんてもちろん無いのに、この単純な文章を何度も書き直す彼女の姿が思い浮かんだ。


 見なかったことにしようとスマホを伏せ、もう一度手を伸ばした。

 一晩よく寝て正気に戻ったらしい。

 せっかくできた友達の気遣いを無視する気にはなれなかった。



 夕方の公園にピアニカの音が鳴っている。その懐かしい楽器を演奏する女子高生の周りには、オレンジ帽子の幼児たちが群がっていた。


「次が最後の曲よ。リクエストは?」


 芝生の上に座る子どもたちは元気いっぱい手を挙げる。そのうちの一人が叫んだアニメの主題歌を演奏することに決めたようだ。

 こころは鍵盤ハーモニカの拭き口をくわえた。時々間違えながらも、楽しそうに音を鳴らしている。

 決して上手くはないけれど、夕焼け空の下で美人の女子高生がピアニカを演奏する様は絵になった。


 演奏が終わり、幼児にまじって彼女に拍手を贈る。もっと弾いてと子どもがぐずり、保育士がなだめる横で立ち上がった。


 彼女と待ち合わせていたわけではない。そう言い訳をし、さっさと広場を後にする。

 しかしすぐに呼び止められた。


「どうして先に行くのよ。待ちなさいよ!」


 ピアニカケースの蓋をぶらぶらさせながら走ってくる彼女は、顔を赤くさせている。


「待つから、楽器はちゃんとしまったほうがいいよ」


 ピアニカを片付けさせ、二人で並んで公園を歩く。

 目的地は同じだった。愛華あいかが待っている。


「子どもたち、喜んでいてよかったな」

「ええ」

「やっぱり歌じゃなくて、ある程度得意な分野で勝負すべきだな」

「それ、どういう意味かしら」


 練習室でのことなんて互いに忘れてしまったというように会話が進んでいく。


蒼紀そうきくん。今はイライラしていないの?」


 先に本題に触れたのは彼女のほうだった。


「……よく寝て反省した」


 昨日の自分の言動を思い返すと赤面しそうになる。


「心の言う通りだ。寝不足でちょっとおかしくなってた」


 横を見る。彼女は黙ったままじっとこちらを見上げていた。その目に不安の色が滲んでいる。

 約二か月の時間を共にしたせいか、彼女の表情の変化を読み取るのが上手くなってきた。

 目を見てもう一度謝る。


「本当に悪かった。愛華にもちゃんと謝るよ。……あと、代わりに伴奏を引き受けてくれてありがとう」

「伴奏、本当にやめてしまうつもりなの?」

「ああ。無理したら二の舞になる」


 己の発言は後悔している。

 しかし冷静になってみても、伴奏は辞退するのが賢明だろうと思えた。


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