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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第3章 佐藤蒼紀
53/76

3-35 うるさい。

「勉強しなくてもできる人間は俺みたいなやつの気持ち、わからないんだよ」

「ほ、本当にごめんなさい」


蒼紀そうきくん」


 こころが間に入る。


「最近、あまり寝ていないのでは? 顔色が悪いし、授業中も先生に注意されていたでしょう。疲れているのよ」


 うるさいな。


 胃のあたりがきりっと痛む。


「やらなくちゃいけないことがたくさんあるんだよ」

「小テストの追試が終わったら、今日はよく寝ておいたほうがいいわ」

「小テストの他にも……」


 来週締め切りの課題が終わっていない。

 期末試験の後に提出するレポートのテーマも決まっていない。

 要領も成績も悪い自分に、ゆっくり寝る暇なんて無い。

 最近ではベッドに入っても、伴奏のプレッシャーと焦燥感でいつまでも眠ることができない。


「あれもこれもと欲張るのは無理よ。優先順位を決めましょう。今一番大切なことは睡眠時間の確保だと思う。あと、楽器の練習にも分散学習は効果があるかもしれないんですって。だから」


 うるさい。


「必死になってやらないと何もできないんだ」

「必死になりすぎて小テストを落としたわけでしょう。一度寝た方が効率も上がるわ」


 うるさい、うるさい、うるさい!


「偉そうなんだよ!」


 そんな言葉が口から飛び出た。

 最低最悪の八つ当たりだった。


 無性に腹が立つ理由は、彼女の言ったことが図星だからだ。

 指摘された通り、自己管理ができていない。睡眠時間を削った無理のあるスケジュールを実行し始めてから、常に眠くて仕方がない。せっかく教えてもらった分散学習もなかなか効果を表さない。


 頭の中に霧がかかったようだった。

 苛立ちの原因は自分自身のせいだとわかっている。もうこれ以上はなにも言ってはいけないと、頭の中に警告が出る。

 それなのに、口から出る言いがかりを止められない。


「こういうときに正論を言われても癪に障るだけなんだよ。心みたいなやつを無神経って言うんだ。そんなだから友達ができないんだよ!」


 ただでさえ静かなはずの練習室が、さらにしんと静まり返る。心は目を伏せ、愛華あいかは涙を浮かべている。


 沈黙はしばらくの間続いた。


「……以前、遠藤くんにも言われたわよね。私はクラスのみんなから嫌われているって」


「遠藤は」

 我に返った。

「遠藤は《《かっ》》となって言っただけだ。本気じゃないよ」


 自分の発言はすっかり棚に上げていた。怒りに任せて放った失言を後悔した。しかし、「悪かった」という一言が出てこない。


「ええ。本当に嫌われているかどうかなんて知るよしも無いし、気にしていないわ。でも少なくとも好かれてはいないでしょう」

「ココちゃん、そんなことないよ」


 愛華がフォローしようとするが、彼女は静かに首を振った。


「私ね、別にそれでもいいと思ったの。たとえ本当に嫌われていたって構わないって。だって、一緒にご飯を食べるくらい仲の良い友達ができたのだから」


 目が合う。彼女は少し笑ってみせた。


「でも、蒼紀くんと友達になれたと思っていたのは私だけだったみたいね」


 そんなことない。

 友達だと思っている。

 だから、下手な作り笑いはやめてほしい。


 それなのに、


「悪い。代わりを見つけてくれ。俺には伴奏なんてできない」


 それだけ言うのがやっとだった。譜面台の上の楽譜をまとめ、愛華に差し出す。


「……うん、そうするね」


 楽譜を受け取り彼女は俯いた。


「無理に誘って、ごめんね」

「蒼紀くんがやらないなら、私が代わりに伴奏をやるわ」


 突然何を言い出すのかと、愛華と二人で目を丸くした。


「ココちゃんが伴奏を?」

「下手だけど、本番までに主旋律だけでも弾けるようにする。だから、一緒にステージに立ちましょう」

「私は、その……」


 愛華が横目でこちらの様子を伺う。


「俺にはもう関係無いよ」


 彼女の手から楽譜をひったくり、心に押し付けた。


「せいぜい頑張ってくれよ」


 幼稚な嫌味になにか言い返される前に、練習室を後にした。


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