3-33 やめたい
「……本当に、ごめんなさい」
文化祭委員会と参加者が体育館から忙しなく撤収していく。その舞台袖の隅で愛華はしゃがみこんだままだ。
「ソーくん、せっかく伴奏を引き受けてくれたのに」
「結果が出るのは明日じゃないか」
他に気の利いた言葉が見つからない。
結局、彼女は歌えなかった。
ワンフレーズどころか、単語の一つすら声にできず、最初から最後までマイクの前に突っ立っているだけだった。
伴奏もミスを連発。酷い有様だった。
いくら参加者が少ないとはいえ、これでは合格するわけがない。
本番のステージで歌わせてあげたかったし、これまで練習してきたことを思い返すと悔しかった。
でも、これでやっと寝られる。
頭の片隅で考え我に返る。彼女が落ち込んでいるというのに、なんてことを。
しかし自分の胸の内は異様なまでに凪いでいた。練習する必要が無くなる分、これからは寝るか勉強するかできるわけだ。
はたして自分はこの状況に落胆しているのだろうか、それとも安堵しているのだろうか。
睡眠不足の頭では、そんなことも判断できなかった。
*
「……え?」
愛華も大隅の言葉が理解できなかったらしい。
「ど、どういうこと?」
何度も同じ質問をくり返している。
「だーかーらー、合格したんだよお!」
「俺らも、愛華たちも!」
大隅と遠藤から一枚の紙を受け取る。審査結果についての書類だ。参加者全員が本番でパフォーマンスできる旨が記載されている。
「イエーイ! 俺らもネタをよりブラッシュアップさせないとな!」
「遠藤くん、もう一から考え直したほうが……」
「愛華、よかったな!」
声が上ずった。
まさか通るとは思わなかった。一縷の望みも無いだろうと思っていた。
「……やめたい」
「え?」
今度はこちらが彼女の言葉を訊き返した。
「だ、だって私、歌えなかったんだよ? こんなの、おかしいよ……」
愛華は顔を強張らせていた。
「有志は、辞退する」
「な、なに言って」
「ソーくん、ごめんね。でも、無理だよ」
彼女の肩を遠藤がポンと叩く。
「合格したならこっちのもんだろ? それにせっかく応援したのが無駄になる。あの垂れ幕、野沢の呼びかけで作ったんだぜ」
「ココちゃんが?」
「そうだよ」
遠藤が言うように、垂れ幕を作って愛華を応援しようと持ち掛けたのは心だった。
野沢心の言うことなど、なぜ聞かなくてはいけないのか。そう言って気乗りしない様子のクラスメイトとの間に遠藤が入ったことで実現したのだが、これは今言う必要は無いだろう。
「みんな応援してるんだ。一緒にステージに立とう。緊張しなくなるまで練習しよう。本番まで時間はまだある」
寝足りないと思いながら目を覚ます日々。それがまた続く。
しかし、せっかくの機会だ。歌わせてあげたい。
「うん……」
彼女はやっと頷いたが、まだ表情を曇らせたままだった。




