3-32 オーディション
遠藤と大隅がすべっている。
体育館のステージ上で、二人は見事なまでにすべっていた。
「学校あるある~! 先生をお母さんと言っちゃう!」
「それ! 小学生だけだよおおおおお~!!」
二人の滝のような汗は全力で張り叫んでいるためか、それとも冷や汗か。不憫で見ていて涙が出そうなほどだった。
ステージのすぐ下には会議用の長机が一列に並び、文化祭委員会の幹部たちが鎮座している。
その後ろには有志発表のオーディションに出る知り合いを応援、または冷やかしに来た生徒たちが大勢座っていた。
一年四組の生徒もいる。全くのアウェイ状態、というわけでもないのに体育館にはクスリとも笑いが起きない。
「ありがとうううううっございましたああああああっ!」
十分間、見事にすべり続け、彼らは逃げるようにステージから去っていった。
「お、お疲れ」
体育館の舞台袖、涙を流し抱き合う遠藤と大隅にそんな言葉を掛けてやる。
「愛華と佐藤は次の次だろ~。頑張ってくれよ、俺たちの代わりに……」
「きっと合格するよ」と励ましながら、隣でがちがちに固まっている愛華を見やる。緊張しきって、周りの声など耳に入っていない様子だ。
ステージ上では二年三組の男子全員によるマッスルダンスの審査が始まっていた。完成度が高く、迫力がある。
パフォーマンスが終わると惜しみない拍手が巻き起こった。彼らは間違いなくオーディションを通過し、本番のステージでも拍手喝采を浴びるのだろう。
「佐藤」
自分たちの順番が迫っている。遠藤、大隅の二人と顔を見合わせ頷いた。
「愛華、あれを見て」
俺が肩をポンと叩くと、彼女はびくっと体を震わせた。
「え、なななな、なにっ? ムキムキダンス? ごめん、全然見てなかった。ムキムキしてた?」
「マッスルダンスだよ。いやそうじゃなくて、見てほしいのは体育館の後ろ」
「後ろ……?」
クラスメイトたちが陣取る、後方の一角を指さした。舞台袖から顔を出し、愛華が目を凝らす。
「な、なにあれ!」
一年四組の生徒たちが広げているのは、模造紙を繋ぎ合わせて作られた垂れ幕。そこにはでかでかと「あいか★ファイト」の文字が書かれている。
「うそお、嬉しい~!」
彼女は両手で破顔するのを隠す。
「木戸さん、佐藤さん、ステージに進んでください」
ストップウォッチを手にした文化祭実行委員に促される。審査時間は十分。この時間を過ぎることは許されない。
「行こう」
「うんっ!」
表情のほぐれた彼女とともにステージに進み出る。
寝不足の目に頭上のスポットライトが眩しい。楽譜を並べる手も震えていた。
中央に置かれたマイクの前に愛華が立つ。
「愛華、頑張って!」
「佐藤もついでに頑張れよー!」
ついでかよ。
クラスメイトの声援に胸の中で突っ込んでから深呼吸を繰り返す。
オーディションの応募総数と合格者枠はほぼ同数。さらに、出し物をしないクラスの応募者は優先されるらしいから、よっぽどでない限り合格するだろう。
上手くやろうだなんて、今は考えなくていい。あとは主役からの合図を待つだけ。歌い手からアイコンタクトをしてもらうことになっている。
大丈夫だ。
愛華のことをみんなが応援している。ここに敵はいない。
「……?」
しかし彼女はマイク前で、まるで石になる呪いにでも掛かったみたいに突っ立っていた。
「始めてください!」
舞台袖の実行委員が呼びかける。愛華は引きつった顔で体育館右奥を向いていた。
視線を追う。
体育館の壁を這うキャットウォークには、二人の生徒の姿があった。一人はすぐにわかった。野沢優丞だ。文化祭に関して、実行委員会と生徒会は同等の権限がある。だから生徒会長がここにいてもなんらおかしくはない。
生徒会長の隣の女生徒には見覚えがあった。
記憶が正しければ、以前一年四組の教室に来て愛華を呼びつけていた人物だ。ここからでは化粧の濃さまではわからない。
彼女も生徒会役員なのだろうか。
愛華が二人を凝視するように、彼らもまたステージをじっと見下ろしている。審査するでも見守るでもなく、まるで彼女が歌い出さないように見張っているような、そんな目線だった。本当に呪いをかけたんじゃないかと、そんなばかなことを考える。
「どうしたんですか!」
実行委員が叫んだ。
このままでは埒が明かない。合図なんて待っていられない。
曲調を無視し、初めの一音から豪快に音を鳴らした。愛華ははっと正面を向き直す。間もなく前奏が終わる。
愛華、歌って。
ただそう願った。




