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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第3章 佐藤蒼紀
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3-29 お手並み拝見

 なにかを叩く音で目が覚めた。

 いつの間にか自室の机に突っ伏して寝ていたようだ。置時計の短針は一二を指している。


 寝坊だ。

 焦って立ち上がる。しかし窓の外は真っ暗闇だった。昼ではなく、真夜中の十二時なのだと気付く。


「佐藤くーん、起きてるの?」


 ドアの外から呼び掛けるのは、A棟のスタッフ、山添やまぞえだった。

 物音はノックの音だったようだ。慌ててドアを開ける。


「すみません、勉強しながら寝ちゃったみたいで……、あれ?」


 思わず「山添さんですよね」と尋ねかけた。

 眉は半分無く、いつもぐるぐると巻いてある髪はだらりと元気なく垂れ下がっている。すっぴんだと別人のようだ。寝起きということもあって変な夢でも見ているのかと錯覚した。

 彼女は寮内を見回り中、この部屋のドアから電気が漏れているのを発見し、注意しに来たのだそうだ。


「就寝時間、過ぎてるよ。あまり無理しちゃだめだからね」

「すみません」


 彼女が引き返すのを確認してから部屋の電気を消し、デスクライトを一番暗く調光する。

 そして再び問題を解き始めた。

 一度仮眠したお陰で、頭が冴えた。あと数時間は勉強できそうだ。

 朝は早く起き、始業前と昼休みは練習室でピアノを弾く予定だ。放課後は勉強。夕飯を食べたら愛華あいかと練習室。消灯後は再びこっそり勉強する。


 つい寝落ちしてしまうほど疲れが溜まっていることは、自分でもよくわかっていた。授業中もまぶたが重くなることが度々《たびたび》ある。


 しかし、有志発表のオーディションまであと一週間。

 とにかくそれまでには弾けるようにしておかなければ……。



 ミス。

 また同じ箇所だ。

 弾き直す。また間違えた。


 伸びをして体をほぐす。気を改め、もう一度。

 今度は弾けた! と思ったら油断して、違うところでミス。


「ソーくん! 本番だよ!」


 舞台袖で、愛華が俺の腕を引く。

 本番? 今から?

 まだ全然、練習できていないのに。


「何言ってるの? ほら、早く」


 ごめん!

 腕を振りほどき、一目散に逃げた。


 やっぱり、できない!



 ガクンと体が揺れる。また寝てしまった。

 しかし頭突きしかけたのは勉強机ではなく練習室のピアノの譜面台。

 夕食を済ませた後、ここに来ていたことを思い出す。

 寮の自室で山添やまぞえさんに注意されたのは昨晩のことだ。寝不足で記憶が混沌こんとんとしている。


 防音ドアの小窓の向こうに人影が見えた。次の利用者だ。


「す、すみません。うっかりして……」


 楽譜を雑に片付け練習室を飛び出す。どのくらいの間、寝ていたのだろう。


「熱中していたようね。何回かノックしたのだけれど」


 ドアの前に立っていたのはこころだった。うたた寝していただけなのだが、それを練習に夢中になっているのだと勘違いしたようだ。ピアノを弾きながら睡魔に襲われていただなんて言い出せない。


「邪魔してごめんなさい。私の最も嫌悪する行いをしてしまって申し訳ないけれど、やむを得ない事情があったのよ。許してちょうだい。ツァイガルニク効果があるといいわね」

「気にしてないから、要点だけ言ってくれ」

「今日、愛華と練習する予定だったでしょう。でもバイト先が忙しくて顔を出せないそうよ。蒼紀そうきくん、その調子だと彼女からのメッセージを読んでないでしょう。だから伝えに来たの」

「……ああ、本当だ」


 彼女の言う通り、スマフォには一緒に練習する約束をしていたはずの愛華からのメッセージが届いていた。

 俺からの返信が来ないので、心にも連絡したらしい。


「それでわざわざ。悪いな」


 起こしてもらえて助かった。彼女が来なければ、そのまま寝ていただろう。自分で思っているよりもずっと、睡眠不足のせいで体力が削られているようだ。


「せっかくだし、私が練習に付き合うわよ。歌い手がいた方がいいでしょう?」

「歌い手って……、野沢が歌うのか?」

「ええ、もちろん」


 彼女は返事も待たずに入室し、シャツの上に着ていたベストを脱ぎ始めた。

 彼女の歌の技量は知っている。公園で、ある意味《《アジ》》のある歌声を聞かされたことがあった。


「ちょっと休憩してもいいか」


 寝起きでまだ頭がぼんやりしていた。彼女のあの歌声に合わせて伴奏する気力は無い。


「そう。じゃあ換気してもいいかしら?」

「よろしく」


 防音の練習室は気密性が高い分、空気がこもりやすい。彼女は二重窓を開け、少し身を乗り出した。


「せっかくの満月なのに、曇ってるわね」

「今日は満月なのか」


 小さな窓からは暗雲しか見えない。

 近頃は小雨の降る日も多い。もうしばらくすれば本格的に梅雨が訪れる。一年で最も憂鬱ゆううつな季節だ。

 部屋の隅でストレッチをしていると、彼女は窓を閉めてしまい、そしてピアノ椅子に座った。


「ちょっと弾かせてくれる」


 彼女がピアノを習っていたことは知っている。思い返せば演奏を聴いたことは一度も無い。「伴奏するほどの腕前ではない」と愛華に言っていたそうだが、実際はどうだろう。

 お手並み拝見といったところだ。


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