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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第3章 佐藤蒼紀
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3-23 子犬

「終わったぜええええええええええええっ!!」


 中間テスト最後の科目の答案が回収され、遠藤が叫んだ。

 それにつられるように俺もぐんと腕を伸ばす。遠藤の大声が気にならないほどの開放感に満たされていた。


 テストが今日でやっと終わったのだ。あとは昼休憩を取って、午後の授業とホームルームを受けるだけ。終われば寮に帰ってぐっすり眠ることができる。


「ソーくん、お昼一緒にいい?」


 愛華あいかに肩を叩かれた。テストが終わったというのに、彼女は思いつめているように見える。


「誰にも聞かれたくないんだ。校舎裏に行かない? 穴場スポットを見つけたの。ベンチもあるから座れるし。じめっとしてるけど……」


 複雑な造りのこの高校には「校舎裏」がいくつもある。しかし愛華からのヒントでどこの「校舎裏」を指しているのかすぐにわかった。


「あそこはやめた方がいいよ。すぐ横に相談室があって、山添さんに筒抜けだから」


 「今度は木戸さんと密会してたでしょ~!」といじられるのが目に見えている。


「あっ、でも大丈夫! 今日は木曜日だから。木曜日の昼は全職員会議があって、相談室もお休みなんだって」



 中庭を通り過ぎ、校舎の裏へ回った。念のため、つま先立ちで相談室を覗く。電気が消されていて人の気配は無かった。


「あのね、文化祭のことなんだけど」


 並んでベンチに腰掛けると、彼女はさっそく切り出した。


「私、有志発表に出て歌おうと思ってるんだ。ソーくん、伴奏をお願いできないかな」

「い、いやいやいや……」


 唐突に、なにを。


「ソーくんは伴奏の経験があるから頼んでみたらどうって、ココちゃんも言ってたの」

「の、野沢が……?」


 顔を覆いたくなった。口止めしておけばよかった。後悔先に立たず、だ。


「中一のとき以来弾いてないよ。ピアノだったら野沢だって弾けるって言ってたぞ」

「伴奏するほど上手くないからって断られちゃって。中学の合唱祭のときも、三年連続伴奏者のオーディションに落ちてるって言ってたよ」

「よく練習室に行ってるのに?」


 てっきり、そこそこ弾けるのだと思っていた。


「でも、なにも俺じゃなくても。愛華なら他にもたくさん友達がいるだろ? 頼んでみればいいのに」


 ピアノが弾ける人間なんてそこら中にいるはずだ。


「弾ける子は探せばいるかもしれないけど、私が歌を歌うことを知っているのってソーくんとココちゃんだけだから……」


 愛華がしゅんと俯く。

 人前で歌うのが苦手と言っていたことを思い出した。有志発表に向けて練習をするなら、どうしても歌声を伴奏者に聞かせなければならなくなる。


「だけど、どのみちステージに立って大勢に聴いてもらうわけだろ?」

「……私たちって、一緒にご飯を作って食べるくらい仲の良い友達だよね」


 こちらを上目遣いでのぞく彼女の瞳は「拾ってくれ」と願う子犬のように潤んでいる。


「私の歌を聴いて褒めてくれたり、ゲームをクリアしてくれたり」


 もし、道の端に、


「ソーくんにはいつも助けられてばかりで、本当に感謝してるんだ」


 こんな子犬が捨てられていたら、


「もう、ソーくんにしか頼めないの」


 自分なら、立ち止まるくらいのことは、してしまうかもしれない。


「私、ソーくんと一緒にやりたい。一緒にステージにいてくれたら、とても心強いよ」


「……………………か」


「か?」


 期待に満ちた愛華の顔から目を逸らし、喉の奥から声を絞り出す。


「考えさせてくれ……」


 それが精一杯の返事だった。


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