3-23 子犬
「終わったぜええええええええええええっ!!」
中間テスト最後の科目の答案が回収され、遠藤が叫んだ。
それにつられるように俺もぐんと腕を伸ばす。遠藤の大声が気にならないほどの開放感に満たされていた。
テストが今日でやっと終わったのだ。あとは昼休憩を取って、午後の授業とホームルームを受けるだけ。終われば寮に帰ってぐっすり眠ることができる。
「ソーくん、お昼一緒にいい?」
愛華に肩を叩かれた。テストが終わったというのに、彼女は思いつめているように見える。
「誰にも聞かれたくないんだ。校舎裏に行かない? 穴場スポットを見つけたの。ベンチもあるから座れるし。じめっとしてるけど……」
複雑な造りのこの高校には「校舎裏」がいくつもある。しかし愛華からのヒントでどこの「校舎裏」を指しているのかすぐにわかった。
「あそこはやめた方がいいよ。すぐ横に相談室があって、山添さんに筒抜けだから」
「今度は木戸さんと密会してたでしょ~!」といじられるのが目に見えている。
「あっ、でも大丈夫! 今日は木曜日だから。木曜日の昼は全職員会議があって、相談室もお休みなんだって」
*
中庭を通り過ぎ、校舎の裏へ回った。念のため、つま先立ちで相談室を覗く。電気が消されていて人の気配は無かった。
「あのね、文化祭のことなんだけど」
並んでベンチに腰掛けると、彼女はさっそく切り出した。
「私、有志発表に出て歌おうと思ってるんだ。ソーくん、伴奏をお願いできないかな」
「い、いやいやいや……」
唐突に、なにを。
「ソーくんは伴奏の経験があるから頼んでみたらどうって、ココちゃんも言ってたの」
「の、野沢が……?」
顔を覆いたくなった。口止めしておけばよかった。後悔先に立たず、だ。
「中一のとき以来弾いてないよ。ピアノだったら野沢だって弾けるって言ってたぞ」
「伴奏するほど上手くないからって断られちゃって。中学の合唱祭のときも、三年連続伴奏者のオーディションに落ちてるって言ってたよ」
「よく練習室に行ってるのに?」
てっきり、そこそこ弾けるのだと思っていた。
「でも、なにも俺じゃなくても。愛華なら他にもたくさん友達がいるだろ? 頼んでみればいいのに」
ピアノが弾ける人間なんてそこら中にいるはずだ。
「弾ける子は探せばいるかもしれないけど、私が歌を歌うことを知っているのってソーくんとココちゃんだけだから……」
愛華がしゅんと俯く。
人前で歌うのが苦手と言っていたことを思い出した。有志発表に向けて練習をするなら、どうしても歌声を伴奏者に聞かせなければならなくなる。
「だけど、どのみちステージに立って大勢に聴いてもらうわけだろ?」
「……私たちって、一緒にご飯を作って食べるくらい仲の良い友達だよね」
こちらを上目遣いでのぞく彼女の瞳は「拾ってくれ」と願う子犬のように潤んでいる。
「私の歌を聴いて褒めてくれたり、ゲームをクリアしてくれたり」
もし、道の端に、
「ソーくんにはいつも助けられてばかりで、本当に感謝してるんだ」
こんな子犬が捨てられていたら、
「もう、ソーくんにしか頼めないの」
自分なら、立ち止まるくらいのことは、してしまうかもしれない。
「私、ソーくんと一緒にやりたい。一緒にステージにいてくれたら、とても心強いよ」
「……………………か」
「か?」
期待に満ちた愛華の顔から目を逸らし、喉の奥から声を絞り出す。
「考えさせてくれ……」
それが精一杯の返事だった。




