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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第3章 佐藤蒼紀
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3-17 ありえないんだけど!

 木曜日の四限目の後。


 教師が廊下へ出ていくと同時に、愛華あいかが一人で教壇きょうだんに立った。緊張しているのか、胸の前で自分の左手首を握りしめている。


「昼休みだけど、ちょっと時間を貰ってもいいかな?」


 クラスメイト全員がきょとんとしながら彼女に注目する。彼女とよくトイレや食事をともにしている友人たちも、だ。


「利き水コンテストのことなんだけど、以前にも意見が出たように、ジュースやコーラでやるのはどうですか? 水だけじゃ単純すぎると思うし……。そのことについて、今日の七限で話し合えたらって思うんだけど」


 毎週木曜日の七限はロングホームルームとなっている。

 中松に相談すれば話し合う時間が貰えるかもしれない。貰えるかもしれないが、クラスメイトたちに話し合う気があるかどうか。


 野沢(こころ)を探す。

 彼女は教室の扉の前で立ち止まり、愛華を振り返っていた。

 彼女が教壇の上で必死に訴えかける理由を知っているのは、この場でただ二人だけ。愛華と仲のいい女子たちも、何事かと顔を見合わせている。


「えー、でもなんで今さら?」

「アレルギーがあるお客さんもいるだろうし」

「あの、ちょっといいですか」


 申し訳なさそうに立ち上がったのは、このクラスの文化祭実行委員会である大隅おおすみだった。


「企画書を提出した後は、企画名や内容の大幅な変更はできないんだ。だから、愛華ちゃんが言ったように、他の飲み物を使うことは無理だと思う。それに……」

「そ、それは私から生徒会や実行委員本部の人に頼みます。衛生上、健康上の問題があれば私が責任をもって管理するから、だから」


 彼女は深く頭を下げた。


「水以外にしてほしいの。お願いします……!」

「愛華、どしたの? 急に」

「水以外にしてくれなんて、まるで」


 みなが野沢に目を向ける。


「……木戸さん」


 彼女が口を開きかけたそのとき、


「愛華ちゃんっ、みんなっ……、言いにくいんだけど、実は……」


 うつむく大隅が肩をわなわなと震わせた。 


「先ほど委員会本部から通達がありまして、利き水コンテストは、利き水コンテストは……っ!」


 彼はくわっと顔を上げる。


「落選しましたー!」


 大隅の眼鏡の下のつぶらな瞳が濡れていた。

 一瞬の静寂の後、廊下にまで響き渡るような絶叫が上がる。


「ま、まじかよ~」


 遠藤がうなった。


「出し物をしない場合は何をするのー?」


 すっかりしょげた様子の女子が手を挙げる。


「当日は雑用係としてこき使われます。それまでは今度の中間テストに向けて勉強するか、部活動に打ち込むか、あとは個人の有志発表に申し込むかですねえ」


 大隅はため息を吐きつつ、手にしていた書類に目を通す。


「有志発表は一応オーディションがあるんですけど、企画審査に落選したクラスの生徒は優先的に出られる……カモ? だそうです。考えている人は僕に書類を提出してくださいね。締め切りは中間テストの後ですので」


 これで話し合いは終わった。周りの生徒も文句を言いながら休憩を取り始める。

愛華もきつねにつままれたような顔で教壇から下りた。

 彼女を迎え入れる女子たちが顔を覗き込む。


「愛華、どうしちゃったの?」

「あんな子の肩を持つなんて……」


――野沢心にはもう構うな。

――そう忠告しているはずなのに、どうして味方をするのか。


 彼女たちはみな愛華に対し、不満げな表情だった。


「木戸さん」


 背後から野沢に声を掛けられ、今まさに彼女の話題を持ち出そうとしていた女生徒たちはぎょっと振り返る。


「ココちゃん……」

「あなたは他人への頼み方がなってないわ。それにさっきの言い方じゃ、私がけしかけたことがバレバレじゃない」

「……えっ?」

「利き水のことを抗議してほしいなんて、あなたに頼むんじゃなかった。利用する相手を間違えたわ」

「えええ?」


 呆気にとられたのは愛華だけではなかった。野沢がふいと顔を背け教室から出ていくと、先ほどの何倍もの声量のブーイングが巻き起こった。


「あ、ありえないんだけど!」

「野沢さん性格悪っ!」

「愛華かわいそう!」

「いや、あの、違うの、これは」


「愛華」


 友人らに抱擁ほうようされながら事実を語ろうとする彼女の名を呼び、俺は首を横に振った。

 「何も言わなくていい」という意味だ。


「……」


 彼女口を結び、こくりと頷く。


 野沢は自分の印象を悪くすることによって、クラスメイトのメンツを保とうとしたのだ。


 なんと不器用なやり方だろう。

 不器用だが、彼女の精一杯の気遣いを無駄にするわけにもいかなかった。


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