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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第3章 佐藤蒼紀
33/76

3-15 ばかばかしい

愛華あいかも知ってるんだ。その水の噂話」


 頭がよくなる水。


 その水を飲めば、記憶力が格段によくなるらしい。

 値段はボトル一本数千円。水を買うためには、購入した経験のある人間から紹介を受ける必要があるという。


 誰々の親がその水の買い方を知っているとか知らないとか、学校でも塾でも都市伝説のようにささやかれていた。「水を飲んでいるんじゃないか」と成績の良い生徒が疑われ、いじめられるようになり、心理テストと同様に怪しい水の話はタブーとなった。


「結局、なんだったんだろうな。その水って」


 眉唾まゆつばな話だ。興味もかなければ、その水を目にすることもついに無かった。


「野沢もそんな話をしてたよな?」

「ええ。私も小学生のとき、小耳に挟んだことがあったから」


 彼女はコーラを飲み干し答える。


「水を飲んだだけで成績が上がるなら苦労しないよな。ネットの掲示板かなにかの作り話だったんだろ」

「……水の名前は確か、向上水こうじょうすい

「向上水?」

「単純な名前よね。それに、本当に……」

「さあ、焼けたよ~! 一人四個ね!」


 愛華のやたらに明るい声が、野沢の「ばかばかしいわよね」という一言をき消した。



「木戸さんは部屋に戻ってもう休んだら。アルバイトをして率先そっせんして料理もして、つかれたでしょう」

「う、ううん。大丈夫だよ」


 愛華はそう言ってキッチンの流しの前に立つ。


「何度もあくびをしていなかった? さっきも言ったけど、あなたは無理しているのがわかりやすいのよ」


 野沢が愛華の手からスポンジをひったくる。


「でも、ひどいことになってるよ?」


 狭い流しに山積みにされた食器に目をやる。フライパンやボールや皿が油を浴びて、ぎとぎとと光っていた。


「愛華、素直に任せればいいんだよ」

「……あ、ありがとう。助かります。じゃあ、片付け終わったら棚の鍵を山添やまぞえさんに返しておいてくれる?」


 愛華は自分のバッグを開け、内ポケットをまさぐった。


「あ、そうだ! 二人に渡そうと思ってたのに、すっかり忘れてた」


 山添さんに返す鍵と一緒にラッピングされたカップケーキを二つ取り出す。


「バイト先で貰ったの。新作のバナナ味なんだ。今日の高校一年生のラッキーアイテムはバナナだからちょうどいいね!」

「ラッキー、アイテム……」


 手渡された焼き菓子を野沢がじいっと見下ろす。


「あっ! ご、ごめん。ココちゃんはこの手の話が嫌いなんだよね。前も怒らせちゃって……、ごめんね?」

「いえ、あの、その件なら……」


 もじもじする野沢を軽くひじでつつくと、「わかってる」と言いたげにこちらをにらんできた。

 彼女は一度深呼吸する。


「私こそ、この前はごめんなさい。つい感情的になってしまった。あなたの厚意こうい無下むげにしたわ。外見についても口に出すべきではなかった。……髪を染め直したのは、私のせいよね」


 ごめんなさいと繰り返し、彼女は頭を下げる。


「や、やめてよココちゃん! 本当にバイトするために染めたんだから」


 愛華は野沢の手を取った。


「ミサンガのこと、全く気にしてなかったって言ったら嘘になるけど……。友達に無理に押し付けようとしたこっちも悪いんだし」

「……友達って? 私が木戸さんと友達だってこと?」


 彼女は顔を上げ、「なにを言っているんだ?」という表情で愛華を見返す。


「えっ、えええ……、私は友達だと思ってたんだけどなあ……」


 不憫ふびんな彼女は涙目になってしまっている。


「友達っていうのは『お友達になりましょう』『いいですよ』という手続きがあって初めて成立する関係性でしょう」

「小学生か」


 思わず突っ込む。自分のことは棚に上げるが、彼女の社会性の低さは度が過ぎている。


「ココちゃんたら。私たちはとっくに友達だよ。集まってご飯食べて、私なんて夢まで語っちゃってさ。だから、私のことも苗字じゃなくて、下の名前で呼んで。……愛華って」

「わ、わかったわ。……ア、ア、アイ、アイアイ、……愛華」


 南の島のお猿さんを登場させながらも、野沢はなんとか彼女を名前で呼び、顔を火照ほてらせた。


「今後からは名前で呼ばせてもらう。……あと、愛華の連絡先を知らないわ。教えてくれる?」

「もちろん! あ、ついでにグループチャットにも入って!」

「あと、歌のことだけど、大声で歌いたかったら練習室を借りればいいわ。アプリで予約できるのよ」

「えっ、なにそれ! どうやるの?」


 野沢は愛華のスマホを借り、画面をタップする。ひたいを寄せ合い楽しそうにする二人が微笑ほほえましい。

 彼女たちを横目にそでをまくり、一人テーブルの上を片付け始めた。


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