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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第3章 佐藤蒼紀
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3-12 聞こえちゃうの……!?

 野沢と連れ立ってショッピングセンターに到着した。

 出入り口の前で待っていた愛華あいかはサプライズゲストに気が付くと満面の笑顔を見せた。


「ココちゃんも来てくれたの!」


 バイトを終え急いで身支度を整えたのか、髪にはまだくせがついている。


「迷惑なら帰るわ」

「そんなわけないじゃない!」


 甘えるように愛華は野沢と腕を組んで、どこへも行かないようにつかまえてしまった。

 野沢を誘ってみてよかった。

 愛華の反応は予想通りだった。


「……木戸さん。金髪じゃなくて、茶髪にしたの?」


 野沢に髪の色を指摘され、愛華はまばたきをする。そしてまた口の端を上げた。


「……うんっ! バイトのためにね!」


 二度目の笑顔は作り笑いであったように見えた。



「あっれ~? どうして野沢さんがいるんですかあ?」


 餃子の材料が入ったスーパーの袋を提げながら、恐る恐る振り返る。寮の事務室の小窓から顔を出していたのは、山添六実やまぞえむつみだった。


「ここには木戸さんと佐藤くんのお名前しか書いてありませんけど~?」


 彼女は使用許可書を見せつけながら、年甲斐としがいもなく頬をぷりぷり膨らませる。


「えっと、その、今から山添さんにお願いしようかと」

「もう申し込みの締め切り時間過ぎてますう~」


 「融通ゆうづうが利きそう」と言っていたはずの野沢を横目で見やる。彼女はブレザーのすそで口元を押さえ顔をしかめていた。


「においますね、山添さん」

「ほえ? な、なんのことかなあ?」


 野沢が歩み寄ると山添さんは目を泳がせた。そしてさっと手を後ろに組む。なにか隠したようだ。


「ビール、ですか」

「なんでわかるの!?」

「映っていますよ」

「う、うつってる……?」


 野沢の指さす方向を、山添さんが顔だけで振り返る。


 事務室の奥には手洗い用の小さなシンクがあった。その上に取り付けられた鏡に、山添さんの背中が映し出されている。

 背後に回された手には、ビールのロング缶が握られていた。事務机の上に散らかっているのはナッツやビーフジャーキーの袋。

 どうやら職務中に一人で酒盛りをしていたらしい。休日で人が少ないのをいいことにやりたい放題だ。


「酔っても顔に出ないタイプだからばれないと思ってたのにい。野沢さん、誰にも言わないでね、クビになっちゃうよお」


 彼女は半べそをかいてうったえる。


「では、交換条件で。私が調理コーナーを使うことを許可してください」


 彼女は急に真顔になり、小窓のカウンターの端に缶ビールを置いた。


「無理よ」


 きっぱりと言い放つ。

 今までに聞いたことがないほどの冷たい声だった。

 二人は無言のまま対峙たいじしている。不安になり、愛華と俺で顔を見合わせた。


らちが明かないわ。あの人を呼ぶしかないわね」


 山添さんはため息を吐き、カウンター脇の受話器に手を伸ばした。

 一体、誰を呼ぶというのか。


「……なあんちゃってー! 土日くらい友達同士、ドンチャンやっちゃえー!」


 彼女は一度持ち上げた受話器をガシャーンと勢いよく戻す。


「ありがとうございます。では失礼します」


 野沢は素っ気なく言って、「イケイケゴーゴー!」と盛り上がる酔っ払いを無視し廊下を進んだ。



 山添さんから解放され、二階の調理コーナーへ向かう。小さなキッチンだが調理用のヒーターや水道など、最低限の設備は揃っていた。


 手を洗い、棚に仕舞われていたエプロンを着ると早速餃子づくりの準備に取り掛かった。

 餃子にしようと提案したのは愛華だ。彼女に指示されながら、調理道具を探したりキャベツを洗ったりしていると、家庭科の調理実習を思い出す。


「佐藤くん、キャベツはそんなに念入りに洗わなくてもいいのよ。でも水分はよく拭いて」


 もたもたと作業していると、ああでもない、こうでもないと野沢が口煩くちうるさく指摘してくる。調理実習でも張り切った女子たちによく注意されていた。なつかしい。


「ココちゃんと山添さんは、お互いによく知ってるの?」


 野沢に訊きながら、愛華は慣れた手つきでキャベツを千切りにしていく。彼女は餃子の下ごしらえをしながら炊飯すいはんの用意まで済ませてしまった。一緒に夕飯を作ろうと誘うだけのことはある。さすがの手際てぎわの良さだ。


「まあね。何回か相談室へ行って話を聞いてもらっているから」

「え、なにか悩んでるのか?」


 ひき肉に塩を振りながら尋ねた。


「佐藤蒼紀(そうき)くんが邪魔ばかりするから困っているって、先週も相談してきたばかりよ」


 さらりと言われ、塩をうっかり多めにかけてしまった。


「の、野沢の言うことは冗談か本気かわかりにくい」

「冗談? ……まあ、冗談か本気かはご想像にお任せするわ」

「ほ、本当のことを言ってくれ」

「しつこいわね、じゃあ冗談でいいわよ」

「『じゃあ』ってなんだ、『じゃあ』って!」


 本当に相談したのだろうか。山添さんにどう思われていることやら。

 野沢は「冗談だと言っているでしょう」と迷惑そうに顔を背ける。釈然しゃくぜんとしないが、ここで折れてやることにした。


 餃子のたねが完成し、それを三人がかりでせっせと皮に包んでいく。ひだを作るのがなかなか難しい。


 愛華作のお手本のような餃子の横に、自作の餃子を並べた。出来の差は一目瞭然いちもくりょうぜんだ。「たねの量が多すぎるのよ」と偉そうに指摘する野沢の餃子もひだの大きさがバラバラで、そこまで完成度が高くなかった。


 クオリティに差がある餃子を愛華がフライパンに美しく並べた。ヒーターを付け、水を入れてふたをする。これでしばらく待てば焼け目がつく。


 空気を入れ替えようと窓を開けた。女子二人のたっての希望でニンニクは入れていないが、換気扇だけでは二階全体ににおいが充満しそうだった。窓の外に飛び回る小さな虫を見つけ網戸を閉める。


 そういえば、と時間を確認する。

 普段なら歌が聞こえてくるはずの時刻になっていた。


「さすがにここからじゃ聞こえないのかな」

「ん? なにが?」


 火力を調整していた愛華が振り返る。毎晩のちょっとした楽しみになっている歌声のことを話した。


「寮って結構音が漏れるんだな。声量がありすぎるのかもしれないけど」


「きっ……」


 小さな奇声に振り返る。


「聞こえちゃうの……!?」


 愛華の顔は茹蛸ゆでだこのように真っ赤に染まっていた。


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