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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第3章 佐藤蒼紀
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3-9 ツァイガルニク効果

「佐藤くんは心理学に興味があるの?」


 山添やまぞえが訊く。


「興味があるというか、興味が出てきたというか……。クラスメイトから心理学について少し教えてもらって、それで面白いなと思って」


 そのクラスメイトとは野沢(こころ)のことなのだが、再びやいのやいの言われるのも面倒なので名前は伏せる。


「もう少し詳しく知りたくて、図書館で本を借りてきたんです」


 校内の図書館でも心理学に関する本は何冊か取り扱われていた。


「今まで知らなかったけど、心理学って理系寄りなんですね。難しすぎて読めそうにない本も結構あって」


 野沢の説明を聞いて理科のようだと感じたが、調べてみるとまさしく理系の学問という風に感じた。

 クイズだとか催眠術だとかのイメージを持っていたが、浅はかだった。しっかり実験を行い、そのために人を集め客観的なデータをとるようだ。

 数学の知識も必要となるらしい。統計学について書かれている本があり、目を通してみたものの頭が痛くなってきてすぐに棚に戻してしまった。


 山添やまぞえさんはうんうんと、どこか嬉しそうに頷く。


「文系のイメージが強いと思うけど、実はかなり理系寄りなんだよね。そうねえ、最初はポジティブ心理学とか社会心理学とかの本を読むと面白いかも。実生活に生かせそうなこと書いてあると思うよ。あ、分散学習って知ってる?」

「まさにそれをクラスメイトから教えてもらったんですよ。事前テストも。勉強に役立つって」

「へえ、そうなの。それとあと勉強に役に立ちそうなのがねえ、中途半端なところで勉強を一度中断しちゃうってやつかなあ」

「中断するんですか? 集中したままやり切った方がいいんじゃないですか?」

「そう思うでしょ? でも途中で邪魔された作業の方が記憶に残るらしいのよ。あー、どうしよ。なに効果だっけ。出てこなーい、やば。気になったら自分で調べてみてね」

「邪魔された作業……」


 あることを思いつく。

 皿を傾けると残りのカレーライスを一気に口に頬張った。

「えっ、ど、どした? よく噛んだ方がいいよ!?」

「それ、図書館で調べてきます。クラスメイトに教えてやりたいから!」


――邪魔されるのが嫌いなの。


 仕入れたばかりの情報を今すぐにでも伝えたい人物がいた。

 そのためには「根拠」の提示が必要だ。


 食器を提げ食堂を飛び出し、校舎へ続く坂道を駆けた。

 夜道を外灯が照らす。頭上は月が浮かんでいた。



「ツァイガルニク効果だ!」


 野沢はすぐに見つかった。夜の校舎の階段を上ろうとしているところだった。自習室に行くのかと思ったが、腕に抱えているのは楽譜だった。


「これから練習室に行くのよ。邪魔しないでくれる?」


 彼女は大きなため息をつく。


「そう、だから教えたかったんだ。根拠付きだ」

「なにを?」


 彼女は不機嫌そうに眉をひそめる。図書館で探し出した厚い本を開き、彼女の顔の前に差し出した。


「中断された作業は記憶に残りやすいらしい。この本に書いてあった」

「藪から棒に、何?」


 彼女は本を受け取り、ページに目を落とす。


「ツァイガルニクっていう人の研究らしい。邪魔されないまま完了した作業より、邪魔された作業のほうが記憶にとどまりやすいんだそうだ」

「根拠と言うなら元の論文を」

「これを知れば、野沢の気が少しは楽になるんじゃないかと思って!」


 ぶつぶつ言う彼女をさえぎる。


「邪魔されるのが嫌いなんだろ? その気持ちはわかるけど、寮や学校で共同生活をしている以上、絶対に邪魔されないっていうのは不可能だし」

「それでわざわざ、図書館で調べてきてくれたの?」


 彼女は裏表紙の貸し出しラベルを触る。


「そうだ。野沢はこういう話、好きだろ」

「……佐藤くんみたいな人、初めて会ったわ」


 彼女はふふふと力が抜けたように笑う。


「ありがとう。佐藤くん」


 その辺にいる、ごく普通の女の子のような表情にどきりとしてしまった。

 とび抜けて美人だし、性格は変わっていて物言いもストレートすぎる。それなのに、笑えばありきたりな自己紹介にあった通りの、平凡な女子高生といったふうだ。

 そしてやっと我に返る。

 どうして無我夢中になって本を探してきたのだろう。他人のために何かしようだなんて、全く自分らしくない。


「じゃ、じゃあ」


 本を返してもらうと、足早にその場から去った。急ぐような用事なんて無いのに。


 廊下の窓の外で葉がざわざわと揺れている。その音がやたらと大きく聞こえてくるような気がした。


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