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フタシカなまま、ぼくたちは  作者: ばやし せいず
第3章 佐藤蒼紀
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3-8 スクールカウンセラー

「寮の食堂でそんなもの読むわけないでしょう」


 注意された手前、読書を続けることはできずしおりを挟んで本を閉じる。本はわきに片付け、行儀よく食事を再開することにした。

 山添やまぞえさんは椅子の背もたれに丁寧に白衣を掛ける。


「どうして白衣なんて着ているんですか?」

「あれ、知らないの?」


 時間をかけて巻いたのであろう、くるくるした髪を彼女は簡単に束ねる。


「私の本職はこの学校のスクールカウンセラーなのよ。普段は相談室にいるんだけど、空いた日は寮のスタッフをやっているの。生徒と親睦しんぼくを深めたいしね」


見かけによらず仕事熱心なようだ。


「私も春にこの学校に採用されたばかりだから、新入生みたいなものだし。早く馴染みたいんだわ」

「えっ、そうなんですか?」

「だから今日もこうして食堂に来て生徒と絡んでいるってわけ。あなたのお名前は、佐藤蒼紀(そうき)くんよね」

「どうして知っているんですか」


 何度か顔を合わせていたが、名乗った覚えはない。

 彼女はにやりと笑う。


「名簿を見ながら生徒全員の名前と顔を必死に覚えたのよ」


 顔写真をじっくり見られたのかと思うと、なんだか気恥ずかしくなる。


「佐藤くんはまだ相談室に来たことないでしょ? なんでもいいから、気軽にお話ししに来てよ」

「はあ。考えておきます」


 そう言ってみたものの、悩み事をわざわざ他人に相談する気になれない。卒業まで一度も訪れる機会は無いだろうという気がした。


「今は困っていなくても、全寮制ならではのお悩みも出てくるかもだし、そもそも悩みがあるから全寮制の高校を選んだっていう子もいるんじゃないのかなーとか思ってたりもして」


 目が合うと、彼女はにっこりと微笑んだ。


「……」

 反射的に視線を逸らす。


 カウンセラーは超能力者ではない。顔を見ただけで他人の気持ちが読めるわけではないだろうが、胸の内を見透かされたような気分になった。


「相談室の場所は校舎の一階のはじっこなの。ちょっとわかりづらいんだけど、今日の放課後に佐藤蒼紀くんと野沢(こころ)さんが密会してたところだよーん」


 さらりと言われ、盛大にむせる。


「ごほっ……! み、見ていたんですか!?」

「しょうがないじゃーん。お部屋の換気をしようと思って窓を開けたら、あなたたちが仲睦なかむつまじく話してたんだもん。でも、安心して。逢瀬おうせを盗み見しちゃ悪いかなと思ってすぐ退室したから!」


 彼女はウインクして親指を立てる。


「お、逢瀬って。そういうのじゃないですよ……」


 密会ではあるが、逢瀬ではない。クラスメイトに目撃されていないかと不安だったが、まさか職員に冷やかされるとは思っていなかった。


「なあんだ、違うのか」

「ありえませんよ。勉強の話をしていただけです」


 つまらないなあと肩をすくめ、彼女はようやくカレーを口に運んだ。


「ところで、佐藤くんの読んでいた本はもしかして心理学系? 裏表紙に忘却曲線って書いてない? エビングハウスについて?」

「山添さんも知っているんですか?」


 読んでいたのは、まさに心理学の本だった。

 記憶に関する実験について書かれている。専門用語が多く、チンプンカンプンな部分もあるが分散学習について大きく関わっている実験であるらしく、興味深い。


「ちょいちょいちょーい! カウンセラーをめんなよお。見た目は確かにゆるふわ女子大生っぽいけど、ちゃんと心理学部で勉強してきたっつーの。徹夜でレポート出した後にラットの世話もしたっつーの。院まで出たっつーの!!!」

「は、はあ……」


 胸の中の「何らかの事情があって現役ではない女子大生ということでしたら、そう見えなくもないです」というセリフをそっとしまう。


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