3-5 分散学習
次の週の金曜日。
「はーい、筆記用具置いてください」
教壇に立つ中松がタイマーを停止させた。前後の生徒同士で小テストの用紙を交換し、丸付けを行うよう指示を出す。
愛華に解答を渡し、代わりに彼女の解いたものを受け取った。英単語の綴りを丁寧に確認し、採点していく。
クラスで最下位の愛華の小テストは二十点満点中、二十点。
なんと、全問正解だった。
彼女からも小テストが手渡され、恐る恐る自分の点数を確認する。十五点以下で追試になるところ、十七点。
合格だ。
ほっと息をつく。
遠藤が「再テストだあああ!」と叫ぶ中、後ろを振り返った。
「満点ってすごいな! 英語、得意なのか?」
「と、得意ってほどじゃ。……たまたま、だよ」
そう答える彼女は謙遜しているのか、いつに増してよそよそしい。「それ以上は聞かないで」、と言われたようにも感じた。
*
初めての小テストを終えた日の放課後、野沢は当然のようにA棟の310号室、つまり俺の部屋にいた。
「次の実験について説明するわね」
「……あの日限りだったのでは?」
俺は解放されたのではなかったのか。
「? 以前やったのは事前テスト。次は分散学習の実験よ」
お構いなしに、彼女は「実験」の説明を始めてしまう。
「今回の小テストは普段通りに毎日必死に勉強してもらったわね。次は間隔を空けるのよ」
「間隔を空ける?」
「まず、今日これから英単語を必死に覚えてもらう。明日の土曜日、また復習をする」
「いつも通りだよ、それ」
「ここからがいつもと違う。その次に勉強するのは火曜日、その次は金曜日、つまり小テストがある日。それ以外の日は絶対に勉強してはダメ」
「は、はあ?」
全く以って意味がわからなかった。
「なんだそりゃ。もしその方法を試して追試になったらどうするんだ?」
「私が代わりに追試を受けてあげるわよ」
野沢は机を勝手に借りて、付箋にせっせとメモをしている。
「替え玉なんてできるわけがないだろ」
「追試って視聴覚室で大勢で受けるんでしょ? ばれないんじゃないかしら」
不正を働くようなガラじゃないくせに。
彼女は星のイラストが縁取る付箋を俺の机の端にぺたりと張り付けた。そこには英単語を勉強すべき日の日付が書かれている。
合計四日間。
それだけで二十個もの英単語を覚えられるとはとても思えない。
「試す勇気は無いな。毎日やらないと忘れるんだ」
「事前テストをやってから授業を受けた感想は?」
う、と言葉に詰まる。
悔しいことに、多少の効果を感じてしまったのだ。「これ、事前テストで出たやつだ!」と某通信教材の広告漫画の一コマのような瞬間が何度かあった。
彼女の言わんとしていることはつまり、事前テストの成果が出たのだから、次の方法も試せということだ。
*
早速その日の夜、次回の小テストに向け英単語の勉強に取り掛かった。
次の日にも復習。
日曜日と月曜日は我慢して、火曜日にまた復習する。
「思い出せない……」
二日も間隔を空けたために、ほとんどの単語が頭から抜け落ちていた。このままではマズい。
そしてとうとう木曜日。今日も勉強してはいけないことになっている。
忘れそうだ。もどかしい。
何だかもう気持ち悪い。
しかし次に英単語を復習できるのは明日の朝。テスト当日だ。
「べ、勉強がしたい……」
単語帳を握りしめる手が震え出しそうだった。
「勉強したいって、佐藤は変態か」
制汗剤の缶を片手に、ジャージ姿の遠藤がベランダから教室へ入ってくる。昼休みだが、これから部活があるのだそうだ。以前、遠藤は陸上部のエースだったのだと大隅が言っていたのを思い出した。
「俺は勉強なんかしないで、ずーっと走っていたいよ」
部活動での成績が加点されていなければ合格できなかったかもしれないと本人は語る。授業中に居眠りをしたり、小テストに毎度不合格になったり、確かに勉強が得意というイメージは無い。
「そうだ。佐藤にちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
遠藤がにやつく。
「また愛華のことか? 提供するような情報は無いよ」
あったとして、教える義理も無いけれど。
「違うって。この前、佐藤の部屋に……」
「木戸愛華さんって子、いるー?」
窓枠にもたれ、廊下から教室内を見回す女生徒がいた。やけに化粧が厚い。見かけない顔のうえに、なんだか態度も大きい。
おそらく上級生だろう。
クラスメイトと弁当を食べていた愛華が「ちょっと行ってくる」と言い残し席を立つ。ロッカーから紙袋を引っ張り出すとそれを提げ、女生徒とどこかへ行ってしまった。
――木戸愛華さんて子、いるー?
元々面識があれば、そんな尋ね方はしないだろう。知り合いというわけでもなさそうだ。
遠藤も首を傾げている。
「あれって、一年生じゃないよな? 愛華って部活とか委員会とかやってたか?」
「さあ」
そんな話は聞いたことが無い。彼女は同級生のみならず、上級生とも親交を深めるつもりなのだろうか。
「やっべ、俺も行かなきゃ!」
時計を見上げタオルをつかむと遠藤は教室を飛び出していった。聞きたいことがあると言っていたが、きっと大した内容ではないのだろう。




