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2-2 自分とは違って

 とにかく、座ることのできる場所を探す。

 階段を下りると、運よく売店前の休憩所が見つかった。円テーブルと椅子が二卓置かれている。今は誰もいない。


 冷えた汗が気持ち悪かった。ブレザーを脱ぎ、倒れ込むように椅子に座る。テーブルに突っ伏し口にハンカチを当てた。そうしていると徐々に呼吸が落ち着いてくる。

 もうしばらくすれば、自動販売機が煌々と眩しいこの休憩所を離れることができそうだ。

 忌々《いまいま》しいことに自動販売機には必ずと言っていいほど、水が売られている。なるべく視界に入れたくない。


 佐藤蒼紀(そうき)

 あのクラスメイトには邪魔をされっぱなしだ。

 苛立ちのあまり、また具合が悪くなりそうだった。まぶたの裏にあの日の映像が走馬灯のように思い浮かぶ。



 母。

 ホームに転がるペットボトル。

 濡れたコンクリートの床。

 舌打ちするサラリーマン。

 酸の味。

 微笑む母。



 水の入ったペットボトルを目にしただけでこれだ。「き水コンテスト」になんて、参加できるわけがない。

 文化祭の準備に顔を出さなければ、ますます軋轢あつれきを生む。

 それはわかっている。

 しかし事情を説明しても、きっと悪い冗談だと思われるだけだ。信じてはもらえないだろう。


山添やまぞえさんを呼んでこようか?」

 はっと振り返る。遠目から心配そうに声を掛けてきたのは、私の体調不良を引き起こした佐藤蒼紀だった。わざわざ自習室から追ってきたらしい。


「必要無いわ」

「でも」

「たまにあることなのよ。もう少し休めば戻れそうだから気にしないで」


 目を閉じたまま早口で言い切る。悠長に会話する余裕はまだ無い。さっさと立ち去ってほしかった。


「そうか」


やっと自習室へ戻ってくれるのかと思ったが、彼はテーブルを挟んだ向かいの椅子に腰掛けた。


「何しているのよ」


 薄目を開けた。苛立いらだちで多少語気が強くなってしまった。


「え?」

「え? じゃないわ。なぜ当然のように私の前に座るのよ」

「なぜって……、野沢になにかあったら困るからだろ。体調が戻るまで待ってようかと思ったんだけど」

「なにも無いわよ。それよりも、佐藤くんには本当にうんざりさせられるわ。せっかく勉強していたのに、あなたのせいで集中力が切れたじゃない。言ったわよね? 私は……」


 こんなもの、ただの八つ当たりだ。


 文句を言うのをやめ、姿勢を正し真っすぐ彼を見た。今日の自分の発言をつい先ほど自戒したばかりだ。腹をくくり、丁寧に頭を下げる。


「いえ、心配してくれたのにごめんなさい。ありがとうございます」


 こんなふうに気持ちを込め他人に謝罪し感謝したのは、いつ以来だろう。


「……意外」

「い、意外って?」


 佐藤蒼紀はおかしそうに笑っていた。


「野沢って、そういうことが言えるんだ」

「ひとのことを何だと思っているのよ!」


 こっちは勇気を出して慣れない言葉を口にしたというのに。

 恥ずかしさのあまり下を向いているしかなかった。


「反省したのよ。あなたが言っていたことも一理あるなって」


 顔がみるみると赤くなっていくのがわかる。休憩所が薄暗くて助かった。


「社会性が足りないという自覚はあるのよ。高校生活では物言いを改めて友達を作っていきたいと思っていたのに、なかなか上手くいかないものね」

「……てっきり、まだ怒っているんだと思ったのに」


 彼は真顔に戻っていた。


「俺も謝らせてほしい。みんなの前で説教じみたことを言って悪かった。自分だって人見知りで、そこまでコミュ力が高いほうじゃないのに」

「そうかしら?」


 コミュニケーション能力が低いという印象は無かった。むしろ、

「私に偉そうに説教したりお節介を焼いたりする積極性はあるじゃない」

「そういうところだぞ、野沢」


 つい口が滑りにらまれてしまったが、本心だ。佐藤蒼紀のような人物は難なく友達ができそうだ。


 自分とは違って。


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