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1-11 願い事

「ソーくんは寒色系が好きなんだよね!」


 翌日。

 今日からしばらくは私服での登校が認められている。

 愛華あいかは頭から靴下まで、いかにも現代の若者といったコーディネートで決めた彼女が両手を差し出した。

 手のひらには一本のひもが乗せられている。


「はい、どーぞ!」

「……これ、なんていうんだっけ」


 確か、願掛けをして身に着け、自然に紐が切れると願いが叶うといわれているアイテムだ。


「ミサンガだよ。クラス全員分作ったの。みんなに配ってるんだ!」

「ぜ、全員分……!?」


 思わず絶句した。

 小学校でも、女子が手作りミサンガを配っていたことを思い出す。

 まさか同じことをする高校生がいるとは。それも、クラス全員分。


「あ、ありがとう」


 緑と青の紐で組まれたミサンガを手に取り、礼を言う。一昨日、彼女が好きな色を訊いてきたのは、このミサンガを作るためだったようだ。


「……ってことは、全員の好きな色を調べてから作ったのか?」


 尋ねると、事も無げに「そうだよ!」と答える。つまり、たった二日間で大量のミサンガを編んだということだ。


「大変だっただろ」


 約三十人分のミサンガ作りにかかる労力がいかほどか、想像もつかない。


「ううん! こういうの作るの好きだし、みんなと早く仲良くなりたいしね」


 そう言って口角を上げてみせるが、目の下がくすんでいた。寝不足のようだ。


「……」


 彼女には初めて会った日からなにか引っかかるものがあったのだが、その正体がやっとわかった。


 木戸愛華は、無理をしている。

 そんな気がする。


 「嘘つき」とまでは思わないが、「誰にでも愛想よく振舞わなければならない」、「みんなと仲良くするべきだ」、そのような強迫観念じみた思想が見え透いている。


 社交性の高くない自分が勝手にそう感じるだけで、他の連中は気にも留めていないのかもしれない。

 遠藤なんてさっそく手首にミサンガつけて鼻の下を伸ばしているくらいだ。


「彼女ができますようにって願望は叶ってほしいけど、いつまでも切れないでいてくれー」

「えへへ。あんなに気に入ってもらえて嬉しいなあ。好きな色をリサーチして良かったあ」

「……色じゃなくて、渡してきた相手による効力だと思うぞ」

「んっ? どういう意味?」


 きょとんとする愛華の後ろで、遠藤が「でも顧問に外せって言われるかも! やばい」と騒いでいる。


「ソーくんもなにかお願いしてみてね!」


 「じっくり考えておく」と返事をし、左の手首に巻き付ける。紐が当たるとこそばゆい。「この手首のミサンガが早く切れますように」とお願いしてしまいそうだが、満足そうな贈り主の前でそれは禁句だった。


 成績ビリだったのだからミサンガ作りなんてしている場合ではないのでは、と思ってしまう。

 でも、余計なお世話だ。誰しもが成績に執着しているわけではない。彼女はきっとその筆頭なのだろう。


 ミサンガを結んだ手首を見せ、もう一度礼を言った。


「おはよう」

 

 教室のドアが開き、基準服を着た野沢(こころ)が入ってきた。

 クラスメイトたちは一瞥いちべつをくれ、数人が「おはよう」とぎこちない返事をする。

 昨日のあの態度だ。どう接したらいいのかわからないのも無理はない。


 ただ一人、例外がいた。


「ココちゃーん!」


 愛華が満面の笑みで野沢に近寄った。

 入学式中もあだ名のことで悩んでいたが、一日考えた末に「ココちゃん」と呼ぶことにしたようだ。


 椅子に腰かけ文庫本を取り出していた野沢が顔を上げる。「ココちゃんって、実家の近所にいた犬の名前だわ」というセリフを聞いているのかいないのか、愛華は彼女にもミサンガを見せた。


「あのね、みんなに手作りのミサンガを配ってるんだ。ココちゃんには好きな色を聞けなかったからイメージで何種類か作ってきたんだけど、どれがいいかなあ?」

「……ミサンガ?」


 野沢はまるでゴミでも見せられたかのように、あからさまに怪訝けげんな顔になる。


「うん! みんなのお願い事が叶うようにーって」


「要らない」


 その一言で、教室中の談笑が消散した。


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