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呪いの公爵令息と解呪の乙女

掲載日:2024/05/17

「ユリアナ・アロンズ子爵令嬢! 貴様とはたった今婚約破棄だ!」


 王立学園の卒業パーティーで、テミス・フォーグロード公爵令息が叫んだ。テミス様の腕には、カトリーナ・トルハラン伯爵令嬢が絡みついている。


 突然の婚約破棄宣言に驚いた私・ユリアナが、何も言えないでいるうちに、テミス様は言葉を続ける。

「その地味な容姿! 低い身分! 何事も凡庸で華も無く、何一つ私に相応しくなどないではないか! 汚らしい貴様などと婚約したのは我が人生の恥だ! 二度と私の前に姿を見せるな!!」


 公爵令息から放たれたとは思えない品の無い言葉に周りが凍り付くのも気づかず、テミス様は得意げに私を罵り続ける。同情の視線が集まるが、私は言い返す事なく、テミス様の言葉が途切れたところで一礼して退場した。




* * * * * * * * * *




 この国では、10歳になると教会で自分のスキルを鑑定する義務がある。10歳にならなくてもスキルが発動する人もいるが、大抵は気付かないもの(例えば、男性にお菓子作りのスキルとか)なので鑑定してもらうのだ。

 当然私も10歳になって教会に連れて行かれた。

 結果、私のスキルは『解呪』。つまり、呪いを解くことができる! 稀有なスキルだと神父様に褒められ、

「これで困った人を助けてあげるんだ!」

と、意気揚々と帰宅した私だった。


 だが、解呪しようにも、呪いをかけられた人なんて見たこと無い。そもそも、呪いってどうやってかけるの?、が普通の認識だろう。怨みがあっても、じゃあ呪いのかけ方を調べようなんてまどろっこしい事を考えないよね。

 私のスキルは、出番が無いまま5年たった。


 もう私のスキルを使う事は無いのだろうと思っていたそんな時、教会から紹介されたというフォーグロード公爵家から呼び出された。

 

 お城のような屋敷に呆然としていると、息子が呪われたので解呪しろ、と高慢そうな公爵夫人が言った。

「テミスは公爵家の嫡子として自信と自覚を持った堂々とした息子だったのに、二ヶ月前からすっかりオドオドとした影の薄い子になってしまって。何としても元に戻してちょうだい」


 話が大雑把過ぎて訳が分からないままに連れて行かれ、「友人の娘さん」と紹介されて公爵令息テミス様とお茶をする。

 初めての『呪われた人』にドキドキするが、私と同年代の普通の子だった。

 しっかりと手入れされて輝く金髪に、ブラウンの瞳。身につけている物はシンプルだけど質が良く、ちょっとした仕草が身分が高いであろうと思わせる。見た事無いけと、「王子様」って感じだ。

 ただ、身分の低い私にまで敬語で話す。

「ユリアナさん、お茶にお砂糖を入れますか? ミルクは? どうぞお菓子も召し上がってください。あ、甘い物はお好きでは無かったですか? 先に尋ねればよかったですね。すみません」

 …この態度は、あの公爵夫人には許せないわけだ。


 お茶を終え、

「私には解呪できません。申し訳ありません」

と、帰ろうとしたのだが、公爵夫人は用意万端で、何とテミス様と私を婚約させた。

 15歳になると貴族の子息息女は王立学園に入学して、二年間学ぶことになっている。その二年間で婚約者として近くにいながら解呪しろという事だ。権力のある人はやる事がえげつない。


「卒業までに解呪出来なかったら、仕方がないので結婚させてあげます。妻として務めながら解呪してちょうだい」

「い、いえ! 私など!」

「弁えているようね。なら、何としても解呪してちょうだい!」

 弁えてると言うより、公爵夫人(あなた)のいる家になんて嫁入りしたくありませんー! 何なんだ「結婚させてあげる」って!

 何も知らずに私を婚約者と思ってくれてるテミス様には申し訳ないけど、何としても解呪して逃げる気満々だ。




 そんなわけで「公爵令息テミス様の婚約者」として学園に入学した私は、当然好奇の目で見られた。中には敵意をむき出しにしてくる令嬢もいた。その筆頭がカトリーナ様だ。

 カトリーナ様は身分の高さやその美貌がありながら、傲慢な性格のせいで婚約が決まらないのだと聞いた。そんな彼女が、大人しいテミス様を狙わないはずがない。

 いや、狙ってくれていいのだけど、気の弱いテミス様が婚約者以外の女性のアプローチに応えるわけが無い。逆に「何あの人怖い」となって、オドオドと私の後ろに隠れるテミス様。

 それを見て更にカトリーナ様がムキー!ってなる悪循環。


 強気で来る者にはひたすら逃げ腰のテミス様に、周りの見る目も変わってくる。つまり、見下す。公爵家の嫡男に卑屈なまでに下手に出られるのは、心地良いのだろう。段々と周りの態度が尊大になってくる。


 学園でさえこんなだ。テミス様は既に側近や公爵家の使用人には見下されていた。

 使用人など、私とテミス様が応接室で話していると、

「まだ居たんですか。掃除するんで出て行ってください」

と入ってくる始末だ。そんな使用人に

「ご、ごめんね。いつもありがとう」

と私を連れて部屋を出ていくテミス様。そして私に

「気が利かなくてごめん」

と、謝る。テミス様が謝る事では無いと思うが、もしここで

「悪いのは使用人です!」

とでも言ったら

「ご、ごめん! 使用人の教育が行き届いて無くて!」

と、更に謝られるので面倒くさい。


「あいつ、性格が変わって扱いやすくなったなー」

と笑う側近たち。

「何か命じられても、『それ、本当にやらないといけない事ですか?』って言えば諦めるし」

「圧強めにして向かうとチョロいよな」

 笑い声がドアの向こうから漏れてくる。


 廊下でそれを聞いても

「私が不甲斐ないばかりに…」

と、怒るどころか自分を責めるテミス様。 

 そんな彼をフォローしつつ、解呪方法を探る日々だった。





* * * * * * * * * *





「まったく、あいつは何を言ってるんだ! 婚約ならとっくに解消してるだろうが!」

 お兄様が、憤懣やるかたない表情でパーティー会場を後にする。

 そう、呪いが解けてテミス様との婚約は解消されたので、私はパートナーをお兄様にお願いして卒業パーティーに参加していたのだ。

「私との婚約が、人生の恥だからでしょう…」

 それを聞いてますます怒り狂うお兄様と反対に、私は冷静だった。

 テミス様は…、きっと、呪いの渦中でも意識があったのだろう。不本意な婚約をする不甲斐ない自分を、カトリーナ様から逃げ回る気の弱い自分を、そんな自分を侮って馬鹿にしている周りを、ずっと見ていたのだろう。

 怒りを爆発させたような婚約破棄を見て、私は確信を持った。


 既に婚約解消されている私へこの扱いなら、今ごろフォーグロード公爵家の使用人たちは、側近たちはどうなっているのだろう…。

 何より、カトリーナ様と婚約しても公爵夫人と合うとは思えないのだが……。いや、公爵夫人と渡り合えるのは、カトリーナ様くらいか? まあ、「二度と私の前に姿を見せるな!」と言われたのだ。もう会う事も無いのだから、考えないようにしよう。




* * * * * * * * * *





 刻々と学園の卒業が近づいて来るのに、解呪の方法はいくら調べてもわからなかった。私が調べられる事など、公爵家ではとっくに調べているはず。

 そもそも、呪われてから私の所に来るまで二ヶ月かかっている。その間に出来る事はやり尽くしたのだろう。

 つまりは、「どうやって解呪するか」ではなく、「どうやって私のスキルを発動させるか」なのだ。



「卒業パーティーのドレスを贈らせて欲しい」

と、テミス様に言われて絶望的な気持ちになった。タイムリミットが近づいてくる…。

「お、オーダーは駄目ですからね! 既製品にしてくださいね」

「ユリアナさんはいつも遠慮深いな。皆、欲しい物をはっきり言うのに」

 それはカモにされてるって言うんですよ…。あなたからプレゼントをもらった人で、あなたの誕生日にプレゼントをくれた人がいますか?、と言ったら面倒な事になりそうなので言えないけど。


 テミス様には、はっきり言った方が親切なのだろうとは思う。カフェやレストランのオーダーでさえ延々と悩む人だ。はっきりと、高価な一点物を「これが欲しい」と指定した方が無駄に時間をかけずに済む。

 でも、仮初(かりそめ)の婚約者のためにお金を使わせたくないと思ってしまうのだ。

 なので、私の誕生日の前には、二人であれこれ相談して妥協案で決まった物をプレゼントしてもらっていた。

 だが、「妥当な物」というのは難しいのだ。手ごろな値段で、一般的なプレゼントに好適なそういう物は、微妙な色違いや素材違いなどやたらと種類が多い。結局テミス様は悩みに悩む事になる。

 

 そんなわけで、ドレスはパーティーの一か月前に私とテミス様(&護衛二人)でお店に行って、さくっと選んだ。

 ドレスをアロンズ家に届けてもらうように手配し、近くのカフェの個室に入ってもテミス様は

「やはりもっとレースを使ったあちらの方が…。いや、それより…」

と、悩み続けてる。

「私は、あのドレスで嬉しいですわ。テミス様は気に入りませんの?」

「いえ! とてもお似合いでした!」

「ならば、問題ないではありませんか」

「そうですね!」

 ……私もテミス様の扱いが上手くなった。


 お茶を飲んで落ち着いた頃、テミス様はポケットから小さなビロードの箱を取り出した。

「これは、ドレスの他に私から。あっ、本当に小さな物なので、良かったら」

と、私に向けて箱を開けてくれると、中には小さなルビーの付いた指輪。

 …小さい。確かに小さいが、こんな真っ赤なルビーが安いわけ無いでしょう! サイズが小さい事で私をごまかせると思ったの?


「も、申し訳ありませんが、このような高価な物は…」

「私は、ユリアナさんが婚約者で良かったと思っています」

「は……?」

「あなたは公明正大で誠実だ。私にはとても眩しい。あなたが横を歩いてくれるのなら、こんな私でも前に進む勇気が出ます。あなたと出会えて良かった」

「…………」

 胸がはくはくして、言葉が出ない。

 そんな風に思ってくれてたんだ。どうしよう、嬉しい。


 チョロイと思ってくれて構わない。今、公爵夫人の事なんて頭から飛んで行った。


「どうか、この指輪を受け取ってください!」

「………はい」

 覚悟を決める。

 (とろ)けそうな笑顔になったテミス様は、ケースから指輪を取り出そうとしたが手袋では上手くいかなくて、手袋を外して指輪を取り、私に手をよこすように左手を差し出した。


 そう言えばいつも手袋をしているテミス様に触れるのは初めてだな、と、テミス様の左手に自分の左手をのせると、目の前が真っ白になった。




 目を凝らすと、そこは音の無い森の中だった。奥に輝く湖が見える。

 遠くから地響きがして、馬に跨ったテミス様が凄いスピードで私の前を走り去り、湖に向かう。あのスピードでは、護衛や側近を撒いてきたのだろう。

 湖の前でテミス様は馬から降りた。

 後ろに誰もついて来ないことを確認して満足そうに笑うテミス様に、質素な服を着た幼い女の子が近づいてきた。

 手に持ったシロツメクサの花冠をテミス様に差し出す。きっと、少女にはテミス様が王子様のように見えたのだろう、その顔が紅潮している。

 笑顔で花冠を受け取ったテミス様は、笑顔のままそれを引きちぎった。

 固まった少女をあざ笑いながら、どんどん細かく引きちぎっていく。真っ青になった少女は今にも目から涙がこぼれそうだ。

 残骸となった花冠を捨て、少女に背を向けたテミス様に、少女が何か絶叫した。

 その時、少女から無数の針が出現しテミス様に突き刺さる。

 ゆっくりと倒れるテミス様。少女は泣きながら走り去った。


 

 怨みがある人が呪いの仕方を調べて呪ったんじゃなかった。あれは、無意識に発動した少女のスキルだ。



 

「ユリアナさん?」

 目を開けると、心配そうなテミス様。その体には無数の針が突き刺さっている。

 私は、安心させるように笑った。……笑えただろうか。

 テミス様の左手を両手で包み込むと、解呪のスキルを発動した。




* * * * * * * * * *





「テミスはずっと眠っています。本当に解呪出来たと言うの?」

 相変わらず居丈高な公爵夫人と、私と父は向き合っていた。

「はい。映像が見えました。テミス様は、湖に遠乗りに行って、側近たちを撒いて一人になった時に呪いをかけられたのですね」

「………」

 その顔は、知ってて教えなかったんですね。どうせ、「解呪のスキル」なんて胡散臭いと思ってたんでしょう。


「そこで何があったのかはテミス様にお聞きになってください。こちらには、解呪の報酬と婚約解消の手続きをお願いします。それと、今までいただいたドレスやアクセサリーなどのプレゼントをお返しします」

 私たちは長持を持ち込んで来た。あのルビーの指輪も入っている。

「それらは差し上げてよ」

「いいえ、好きでもない女の所に自分のプレゼントがあるなんて、テミス様は不愉快だと思いますのでお返しいたします」

 『テミス様のため』を押し出して言うと、それもそうかもしれないと公爵夫人は引いてくれた。家令が何枚もの書類を出してきて、公爵夫人と父が報酬の支払いと婚約解消の手続きを始める。


「そうだ。今回の事は報告書にして神父様を通じて司祭様に届けてあります」

あ、思い出した、といった風に公爵夫人に告げる。

「何ですって!?」

「何せ稀なスキルですから、今後のためにも記録に残しておいたんです。大丈夫です、閲覧できるのは聖職者のみ、一般公開は私の死後と約束してもらいました」

 フォーグロード公爵家としては絶対に知られたくない事だろう。そのために私と少女を消そうなんて考えられたらたまらない。

 私と少女の身を守るために、いつかスキル鑑定に来る少女に適切な指導ができるように、私は教会の人たちに事実を知ってもらった。

 二年間カトリーナ様の嫌がらせを躱しているうちに、何かあった時どんな立場の人にどう保護してもらうかをすぐに考えられるスキルが付いたのは幸いだった(…のかな?)。


 そして私は卒業まで領地に引きこもった。

 久々に学園に行ったら、この婚約破棄騒ぎだ。




* * * * * * * * * *





「まったく! お前に聞いていたより酷い男だな! 呪いが解けても全然反省してない!」

 帰りの馬車に乗っても、お兄様の怒りはおさまらない。


 呪いが解けたからこそ、変われないのだろう。自分が変わると、周りが自分をどう扱うかを知ってしまったのだ。

 弱さを見せたら付け込まれる。優しくしたら踏みつけられる。自分を大切に思っている人なんていないのだ、と。

 彼は、虚勢を張り、地位や立場を振り翳し、周りを傷付けて生きる道を選んだ。



 私とお兄様を乗せた馬車は、どんどんパーティー会場から遠ざかって行く。



 さようなら、気が弱くてオドオドして面倒だったテミス様。

 さようなら、誰にでも丁寧で誠実で優しかったテミス様。

 さようなら、私なんかを好きになってくれたテミス様。





 さようなら、私が好きだったテミス様。


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