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千代五星異聞奇譚 白光の焔  作者: トヨタ理
第四章 さようなら、青葉ヶ山
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36 ありがとう

 たつジィとの話の後、ひとまず後始末はSHM会の防人達が請け負う事となり、ホムラ達は一度解散となった。白狐が沼の方へと帰っていったのと同じタイミングで俊蔵が軽トラックで迎えにやってきて、ホムラも校舎を後にした。


 帰り際に通り過ぎた校門前は、学校の教員らしき数人が街路灯の下に立っているだけで騒ぎはすっかり収まっていた。

 そこには笑花えみかも、架美来かみらやあの黒子達の姿もやはり見当たらない。たつジィが言う事が本当なら、きっと今ごろ無事に帰っているはずだ。そうであって、ほしい。


 トラックに乗って家に帰るまでの間、俊蔵はホムラに何も聞かなかった。ただ一言「あんま、やんちゃすんでねぇよ」と、黙って助手席に座るホムラに言うだけだった。

 口ぶりからするに熊野やたつジィから事情ぐらいは聞いているはずだろう。でもそれが()()()()の事なのか、その口ぶりからでは読み取れない。


 しかし、もし全てを知っていても俊蔵は自分からそれを話す事はきっとしないだろう。

 ホムラがクラスメイトと大げんかをして学校に呼ばれた時も、芳樹とはしゃいで泥だらけで帰った時も――俊蔵や初子は、頭ごなしに叱らず、いつもホムラから話す事を待っていた。

 

 だが今のホムラはまだ、黙って俯くしかできない。


 このまま全てを忘れ去ってしまうなら言わなくてもいい事だ。

 しかしもしも、自分があの先に踏み込むなら――俊蔵にはもう隠せない。


 たつジィとの約束の日まで、あと三日。

 決めなくては、いけない。




 翌日の朝、ホムラは高熱にうなされて目が覚めた。


 大量の汗が出るほどに全身が火照り、筋肉痛のような不可思議な痛みに侵され、この日一日は布団の中で大人しくせざるを得なくなってしまったのだった。

 不幸中の幸いだったのは、急遽学校が臨時休校になり皆勤賞への挑戦は絶たれずに済んだ事ぐらいだろう。


 村の診療所から帰り、再び一人で部屋の布団に潜る。


 昼過ぎの今、窓の外はまだ眩い太陽が輝いている。医者からは「疲れが原因だろうから、水分補給をしっかりして、たくさん眠ること」と言われたが、昨日あんな事があったのだ。落ち着いて眠れる訳がない(かと言って昨日の今日で遊び回る元気もなかったが)。


 しばらく芳樹から借りていた漫画を読んだり、暇になってぬるくなった氷嚢をいじったりしていたが、日がようやく傾きかけたある時、突然扉の外から「コン、コン」とノック音がした。


 俊蔵が様子を見に来たのだろうか。

 そう思っていたホムラだったが、次に向こう側から聞こえてきたのは、俊蔵の声ではなかった。


「お休み中にごめんね。笑花だよ」


 笑花?! なんで?!


 予想外の来客に思わず飛び起きる。どうしていいかあたふたしている内に向こうから「少し、ホムラとお話したいの。入ってもいい、かな」と、外の笑花が続けて尋ねてきた。


「お、おう」


 慌てて返事をすると、ドアの奥から三つ編みの少女がおずおずと現れた。間違いない。本物の笑花だ。


「急にごめんね。お熱があるって知らなくて」


「笑花は、平気なの」


「うん。私は、もう大丈夫。ホムラと凪良さんが、助けてくれたから」


「やっぱ覚えてる、よな」


 ホムラが尋ねると、笑花は小さく頷いた。


「ホムラは<あの子達>の事も、凪良さんの事も、知ってるんだよね?」


 笑花の問いかけに、ホムラは口をつぐむことしかできなかった。


 意識を失いかけていたとは言え、笑花は一部始終をほとんど見ていた。


 しかし、裏の世界――隠世の存在の事は<表>の人間に知られてはいけない。

 ホムラはこの数日間でそれを十二分に理解していた。ここで自分がべらべらと下手に話せば笑花が無事でいられる保証はない。


「私には、言えない?」


「……ごめん」


 真剣な眼差しで問う笑花に、ホムラは頭を下げる事しかできなかった。

 もしも自分がもっと早く和合の方法に気付けていたら、最初の夜にあの悪鬼を祓えていたのなら――そもそも笑花を巻き込まずに済んでいたのかもしれないのだ。


「そっか……うん。なら、もう聞かない」


 静かに言う笑花に、思わずホムラは顔を上げた。


「いいのか?」


「だってホムラだもん。きっとワケが、あるんだよね」


 笑花がホムラを気遣うように微笑む。


 笑花は、昔からこうだった。


 おっとりしているようで、人の事をちゃんと見ている。そして自分の事よりも友達を一番に大事に思う優しい女の子――。

 だからこそ、人間不信で棘だらけだったホムラは笑花を信じられた。


「私、誰にも言わないよ。凪良さんにも、聞かない。でもね、これだけは言わせてね」


 陽で煌めく道端の花のような笑みに、胸が熱くなり、視界が涙でにじむ。


「ありがとう、ホムラ。私を助けてくれて」


 あの日、白狐と出会った事は良かったのか。

 無茶を押し通して和合をした事が正しかったのか。

 今も少し、迷いがちらつく時がある。


 でも今日、初めて「これで良かったんだ」と、心から思えた。

次回、【白光の焔 第37話】の更新日は【9/13(土)】です。

どうぞお楽しみに!

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