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千代五星異聞奇譚 白光の焔  作者: トヨタ理
第四章 さようなら、青葉ヶ山
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35 選択

 ホムラが次に意識を取り戻した時に目に映ったのは、白い天井だった。

 黒い点や波が不規則に並ぶトラバーチン模様の天井と、薄暗い室内に青白く光る蛍光灯。

 薄いカーテンで仕切られている病室のような場所は、架美来(かみら)の屋敷ではない事は明らかだ。しかし、どことなく見覚えのあるこの場所は――。

 

「ホムラ様っ!」


 ふと、自分の顔を覗き込む少女の顔が視界に飛び込んできた。

 絹糸のように綺麗な長い白髪、つりあがった真紅の狐目。そして、頭にひょこっと生えているふさふさの白い狐の耳。

 今にも泣き出しそうな顔でホムラを見ていたのは、白狐(びゃっこ)だった。


「白狐......」


 ホムラが名を呼んだ瞬間、白狐は瞳を潤ませてホムラの体を強く抱きしめた。


「ちょ、白狐っ......?!」


 細い体つきから想像できない程に強く抱きつかれたじろぐホムラだったが、それでも白狐はホムラを離さなかった。


「あんなご無理をして、もしも目醒めなかったらと......」


 そう涙ぐんで言う白狐の言葉に、ぼやけていた記憶が少しずつ蘇っていく。


 白狐と和合して、それから多分悪鬼を倒して、それで――。

 あれからまた意識を失ってしまった。

 

 ここがまだ何処かは分からないが、不自然に歪んでいないこの世界は現世に間違いない。とすれば、気絶してしまった自分を架美来か白狐にまた助けてもらっているはずだ。


「ごめん。オレ、また倒れたんだろ。あんな大口叩いたクセして、マジダセェよ」


「いえ、違います! きっと私の力が弱い所為で……」

 

「調子はどうだい、ホムラくん」


 カーテンの向こう側から突然聞こえた声に、二人同時に振り向く。そうしてカーテンを開いた意外な人物に、ホムラはあっと驚きの声を漏らした。

 穏やかな眼差しでホムラを見つめる老人――ホムラが信頼する数少ない人間の一人、学校の用務員、たつジィだった。


「ここは学校の保健室だ。気を失っていたようだから、一度君をここに運んだんだよ」


 学校という一言で、ホムラの頭の中にあの時の出来事がようやく鮮明に蘇った。

 怪我をした架美来や衰弱しきっている様子だった笑花はどうなったのか? そしてあの場にいた小鬼やクラボッコたちは……。


「えっ、笑花と凪良は......いッ!」


 慌てて起き上がろうとすると、急にチリチリとした奇妙な痺れが全身に迸った。筋肉痛に似て非なる不可解な痛みに思わず顔が歪む。


「大丈夫。架美来ちゃんも笑花ちゃんもみんな無事だから、まだ安静にね。一度の和合でも君の体には大きな負担が掛かっているはずだ」


 心臓から広がる鈍い疼痛に体を屈めるホムラを、たつジィが両手で支えながらゆっくりとその身を起こした。


 しかしなぜここにたつジィがいるのか。

 それに、白狐や<和合>の事をなぜ――。

 

「悪鬼を祓ってくれてありがとう。大体の話は陽満(ひろみつ)くんから聞いているよ」


 脳裏に過った疑問を見透かした言い方をするたつジィにホムラは息を呑んだ。


 悪鬼――悍ましいあれを知っているという事は、裏の世界を知っているという証に他ならない。


「なんで、たつジィが……」


「僕が悪鬼討伐をお願いした依頼者で、検非違使(けびいし)だからだよ」


 そう言って、たつジィは徐に懐からカード型の証明書を取り出した。その証明書は警察章に似た桜の紋章があり、そして検非違使(相談員)という文字が記されていた。

 

――まさか、おじさんの言ってた検非違使ってたつジィ?


 予想だにしなかった事実を目前にして驚きの声すら出ない。

 

「白狐様、ホムラくん。話を、聞かせてくれますか」


 何も分からないホムラでもこれまでの架美来や陽満の反応を見れば、この組織が生優しいものではないと察しがつく。


「ホムラ様……」


 隣の白狐がちらりとホムラに視線を送る。


 話してもよいのでしょうか。


 そんな白狐の無言の問いかけに、一瞬戸惑いが湧き上がる。

 確かに検非違使は怖い存在なのかもしれない。しかし青葉ヶ山でずっと自分を見守ってくれていたたつジィの事は信じられる。


「全部話すよ、たつジィ」


 白狐に頷き返し、ホムラは陽満や熊野達と同じようにこれまでに起こった全ての事を話した。

 説明を誰かにするのはこれで数度目だ。自分でも驚くぐらい学校での和合までの出来事をするすると言葉にできた。

 そうして最後まで説明し終えると、話している間中ずっと静かに頷いていたたつジィが「ありがとう、全て話してくれて」と、ホムラに柔和な笑みを浮かべた。


「話はよく分かりました。けれど、これは検非違使が簡単に介入できる話ではないかもしれないね」


「えっ?」


「ホムラ君は、そもそも<検非違使>がどんな存在か知っているかい」


 少し前、社会の授業でそんな名前を聞いた事があった気もするが、ろくに話を聞いていないホムラに覚えがあるはずもなかった。

 眉をひそめて俯くホムラに、たつジィは何となく察したのか「検非違使はね、もともとずっと昔に作られた警察のような機関に属する人たちの事を言っていたんだ」と続けた。


「その頃から検非違使は治安を守ったり、悪人を裁いたりしていたんだけれど、同時に隠世に関係する<穢れ>の対処も任されていたんだ。結果的に検非違使は時代と共になくなってしまうんだけど、それから名前だけを継いで<裏世界専門の犯罪や穢れを取り締まる組織>として独立していったんだ」


 一度そこで言葉を切って、たつジィは険しい表情で話を続けた。


「現代の検非違使は、表向きでは警察組織の一部――警察官と同じようにあくまで現世の人間や組織が起こす犯罪を防止したり、取り締まったりする機関なんだ。でも、ホムラ君は現世でも隠世でも罪を犯した訳ではないから検非違使の取り締まり対象にはならない。さらに言えば、検非違使は天の存在に手出しをしてはいけないという決まりがあるから……この件を僕達で処理するのは難しいかもしれないね」


「それは和合をした私が神獣だから干渉できない、ということですか」


「ええ。ただ、今回は特殊なケースですから今後考えられる危険を訴えて、ホムラ君のみを組織運営の施設で保護してもらえるかもしれません。ですがそれも確実では無い上に、施設でどんな扱いになるのかが決まらないとなかなか話が進まないかもしれませんね」


「もしその施設に入らなかったら、オレ達はどうなるんだ?」


「定期的な監視はつくだろうけど、ホムラ君の生活は白狐様と出会う前とほとんど変わらないだろう。ただし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という条件付きで、君は今まで通り普通の生活が送れるはずだよ」


「そう、ですか……」


 そう俯く白狐の瞳は動揺を押し隠せず小さく揺れていたが、反してホムラの頭は恐ろしい程にすっと冷えていた。


――だったら手っ取り早くコイツらの記憶を消すか?

その方がまだ丸く収まりそうなもんだけどな


 前にそんな物騒な事を平然と話す架美来と陽満に「何を言っているのか」と唖然としたものだ。しかし裏の世界を身を以て体験をしてきた今なら、少し腑に落ちてしまう。


「どちらにせよ検非違使の保護も監視も絶対とは言えませんし、SHM会の協力を仰いだとしてもホムラ君の無事を約束はできないでしょう。それを承知で五星地区にある検非違使管轄の施設で保護を受けるか、全てを忘れてこれまで通りの生活を送るか。よく考えて、決めて下さい」


 白狐が困惑した表情でホムラを見つめる。


 もしも記憶が消えてしまえば確実に白狐の事は忘れてしまうだろう。熊野やたつジィはともかく、架美来はきっと学校を立ち去って、陽満や妖怪達にももう二度と会う事もなくなる。

 かといって施設に入所することになれば、青葉ヶ山を離れなければいけないばかりか、これまでのような危険な目に何度も会うかもしれない。


 何も知らない普通の日常に戻るか。

 友達や家族と離れ離れになっても保護される事を選ぶか。


 決めろと言われてもすぐに決められるはずがない。


「今日はもう遅いでしょうから、答えを聞くのは後日という事にしましょう」


 思い悩むホムラの心境を察したのか、たつジィが優しい声音で言う。


「この件はひとまず僕の所で留めておきます。三日後の土曜日の朝、僕に答えを教えて下さい」


 不安そうに白耳を垂れ下げる白狐の姿に、思わず布団を強く掴む。


 三日後までにちゃんと決めなきゃいけない。


 これから自分は、どうしたらいいのか――。


次回、【白光の焔 第36話】の更新日は【9/6(土)】です。

どうぞお楽しみに!

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