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千代五星異聞奇譚 白光の焔  作者: トヨタ理
序章
12/50

10 聖なる焔

 「コイツは、さすがにキッツいなぁ、オイ……」


 傷跡の残る手の甲で頬の血をぬぐい、祓師は一人毒づいた。

 息を切らし、黒槍を構え直して悪鬼に目を据える。


 お互い譲らない、激しい睨み合い。


 今、一人で悪鬼と向き合ってどれだけの時間が経ったのか。

 白狐とホムラは、もう人里へ辿り着いているだろうか。


 しかし、それを逐一確認をしている暇はない。

 一時でも気を許せば、あの悪鬼は容赦なく己の身体を引き裂く。

 そうなったが最後、この沼から放たれたこの凶暴な悪鬼は、白狐や人間の心臓と魂を求めて喰らい、そして着実に不死身の化け物へと進化を遂げていく。


 何としてもここで食い止めなければ、青葉ヶ山だけでなく杜の宮原全体にも危害が及んでしまうだろう。


 半不死身状態の悪鬼と、一命しか残されていない自分。

 悪鬼との戦闘で負傷している身体はとうに限界を迎えている。

 だが、外部の応援を呼ぶ隙は、恐らくこれから先、生まれる事はない。

 状況からすれば、こちらが圧倒的に不利な事は明白だった。


 しかし、ここで死んでやる訳にはいかない。

 誓った約束を果たすまでは――。


 睨み合いを打ち破ったのは、悪鬼だった。


 猛烈な速さで向かってくる悪鬼を冷静に見据える。


 突進の次は、おそらく切り裂き攻撃――そう予測して槍を身構えた、はずだった。

 なんと悪鬼は、猪突猛進の勢いでそのまま祓師の身体を跳ね飛ばした。


「……ぐッ!」


 衝突の寸前に何とか防御体制は取れた。

 しかし祓師の華奢な身体では、その暴力的な突進を受け切れるはずもなかった。

呆気なく吹き飛ばされ、そのまま地面の上を二転三転転がり、うつ伏せに倒れ込んだ。


「……ッ」


 血混じりの唾を飲み込み、全身にはしる痛みをこらえ地面を這いつくばる。

手元から離れ転がってしまった槍に手を伸ばすも、手先はわずかに槍に届かなかった。


 舌から涎を垂らし、こちらににじり寄ってくる悪鬼。

 重苦しい足音が祓師に近づき、爛々とした顔貌が、赤い月に照らされた。


 正気を失った、深淵に引き摺り込まんとする夥しい数の視線。

 二つの眼と、身体にびっしりと埋め込まれた眼球が、一斉に祓師を見た。


 起死回生の手段が何も思いつかないまま、鋭い牙が焦燥にかられる祓師に、狙いを定める。


 こんなところで、俺は……。


 歯を食いしばり、悪鬼を強く睨む祓師の視界の端――。


 そこから突如、眩い橙色の閃光が走った。


「なッ……?!」


 幾ばくもなく強烈な熱風が祓師の脇を通り抜け――次の瞬間、悪鬼は激しい焔の渦に包まれていた。


 何が、起きたんだ。


 身体を焼かれ悶絶している悪鬼を見ながら呆然とする祓師の前に、人影が立ちはだかった。


 頭部の白い大きい耳に、風になびく純白の長髪。

 予想の範疇だったが、やはり白狐が戻ってきてしまったのか。


「なに戻ってきてんだ!!」


 そう一喝しかけて、祓師はすぐ口をつぐんだ。


 白狐と思った人影は、半分白狐とも言えるがそうとも言えなかった。


 体つきと相貌は、人間の少年――ホムラそのものだ。

しかし、その下半身は白い体毛の獣の足――獣の姿になった白狐の足のようでもあった。

 一言で言い表すならば、人と獣の外見が合わさっている半裸の獣人。


 しかし、異質なのは姿形だけではない。


 人間のホムラとも、神獣の白狐とも違う、その身から放たれる俊抜した聖の気の流れ――。


「白狐がアイツに憑依した? いや、違う……」


 あり得るはずのない結論が導かれ、愕然となる。

 しかし、そう考えればこの妙な様相に説明がつく。


 人魂と神霊、人身と神獣の完璧な融合――。


「まさか、人間と神獣が和合したっていうのか……?!」


 人と神獣が一心同体の状態になるなど出鱈目でたらめにも程がある。それこそお伽話のようなものだ。

 しかし、今自分の前に確かにその御伽話が顕現している。

 だが、尋ねずにはいられなかった。


「おい! お前ら、一体何が……」


 白狐か。

いや、ホムラなのか。

 祓師の方をゆったりと振り向いた()()と視線が合った途端――祓師の身体がぞわりとすくみ上がった。


 口を利くのも末恐ろしい。

 その瞳から恐ろしく放たれているのは、人間の気でも神使の気でもない。

 まさしく、地に降り立った神の威光そのものだった。


挿絵(By みてみん)


「……()()()()


 辛うじて口から出せたのは、弱々しい問いかけだった。


 しかしホムラと白狐の皮を被った何かは、祓師の問いかけについぞ答える事はなかった。

 悶えながら焔の渦を抜け出そうとする悪鬼の前に手をのばし、強く拳を握る。

すると焔は勢いを増し、さらに悪鬼は苦しみの叫びを上げた。


 あまりにも無慈悲に、しかし煌びやかに悪鬼の身を焼き尽くしていく。

 その様は、まるで神の業火のごとく残酷に、だが心から美々しいと思える焔だった。


 圧倒的な聖の力。

 あまりの神々しさに目も言葉も、奪われてしまう。

 これこそが神獣、九尾白狐の真の力だというのか。


 やがて燃やし尽くされた悪鬼は、灰燼かいじんとなって白狐沼の空に舞った。


「流石、我らの子。悪くはない力だ。だが、これではまだ到底足りぬのだよ」


 東の空から、黄金色の光芒が閃く。

 わずかにのぞき出づる太陽を背に、ホムラの顔をした()()は、儚げに笑った。


「励んでおくれ、焔の子よ。そしてこの地を、不浄なる魂から救っておくれ」


 澱んだ空気は、悪鬼の灰燼かいじんと共に清風に吹かれ、清らかな空気に溶けていった。

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