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(ガイはきっとスパイシーなチャイが好みだったのね。わたくし、もっと見聞を広めなくちゃいけませんわ。わたくしとお似合いの殿方はきっとこの世のどこかにいるはずだもの)
サラは公爵邸でしばらく過ごすことになった。
元夫にたいするわだかまりは不思議と感じなかった。
自分が見えているものが必ずしも実像ではないと気づいたからか、あるいは夫ではなくなって期待を寄せなくなったからか。どちらにしても友人として対等につきあえれば心地が良かった。
ポールに領地経営を教える合間に、荒れた庭の手入れをしつつ、公爵に掃除の仕方や縫物を指導した。ポールはガイを相談役に据え、粘り強く銀行と交渉して融資を引き出した。公爵は農地を買い取りたいという農奴に土地を分けた。ダチョウとモアは縦横無尽に大地を駆け回った。
復讐の天使こと復讐代行業はアンが引き継いだ。アンが依頼を引き受けてアシュリーやテオやリカルドに指示を出したり、みずから動いたりすることもあるが、ときたま、簡単な仕事をサラにまかせることもあった。サラにとってはちょっとした小遣い稼ぎにも、気分転換にもなった。
個人零細事務所のガイと一流事務所のトールは、法廷でよく対立している。とても楽しそうに舌戦を繰り広げているというのは大家さんからの目撃談だ。
楽しいことばかりではない。ある日、領地を見回っているとき、古井戸にモアが落ちるという事故がおきた。
助けようとしたサラまで落ちた。なにかの遊びだと誤解したダチョウも井戸に飛び込んできた。
モアは無傷だったのに、サラは肋骨にヒビが入り、ダチョウは肉が裂けて骨が見えるほどの怪我を負った。
サラは一ヶ月ほど苦しむことになった。呼吸するだけでも胸が痛むのだ。
一方ダチョウのほうは、一週間後には傷口はすっかりふさがってしまった。本鳥も怪我のことなど忘れたように元気に走り回っている。
ダチョウは傷の治りが異様に早く、感染症にもかかりにくい、という頑強な肉体を持っている。頭が良いが脆弱な肉体と、頭は悪いが頑健な肉体と、どちらを選ぶかと問われたら断然後者である。頭が良くても悪くても、幸福感には差がないのだ。
ダチョウが羨ましいとサラはベッドで唸った。
数ヶ月が経ち、ポールの始めた新しい試みを見守りながら、ふとサラは気が付いた。
(明日、わたくしは56歳になるのだわ)
そして決意した。
「わたくし、グランドツアーに行ってまいります」
荷造りしたスーツケースと日傘を持ったサラに、ポールと公爵はぽかんと口を開けている。
「世界を見てきますわ。カーンの故郷やロンの国も行ってみたいし、ピーちゃんやモアりんにお友だちができるかもしれないわ」
「いきなりグランドツアー? いくらなんでも向う見ず過ぎるよ」
ポールの意見はもっともだ。サラはにこやかにうなづいた。
「安心してちょうだい。今回は小旅行よ。一度に全世界は回れないもの。地面からお湯が沸きだしているところがあるんですって。まずはそこにいって、養生してから旅をするわ」
「……世界に目を向ければ、わしにも伴侶が見つかるかもしれんな」
「そうね。まだ諦めるのは早いわ、生きている限り。でも今回はアンと現地集合するの。あなたはついてこないでくださいね」
「アン嬢と温泉旅行か。僕も行きたいな」
ときおり邸を訪れて、サラと語らうアンを見て、ポールはいつのまにか夢中になっている。念押しをしておいた。
「ポールもついてきちゃだめよ」
稼いだ小遣い程度では貧乏旅行になりそうだ。だが、旅行先で小金を稼ぐ詐欺の方法をテオから、スリの方法をアンから、男を口説き落とす方法をアシュリーから伝授された。やるつもりはない。本当に困った時以外は。
「いってきま~す!」
ダチョウとモアを共連れにして、少女のように溌剌とサラは旅立った。
シスターのふりをして無銭飲食をしたり、場末の劇場で自慢の歌声を披露したり、どこぞの王族とのロマンスが花開くなど、今はまだ想像だにできない、56歳の元公爵夫人の人生の珍道中は始まったばかりである。
人生はこれからだ!
*** 続きません(笑)




