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「ええ、ようやく」
(誰と恋しても、誰と結婚しても、自由よ!)
サラが微笑むとガイもほっとしたようすで息を吐いた。
(ガイといえば昨日彼を留置場から引き取った人物は誰だったのかしら)
父親のテオとアシュリーのことも話しておかないといけない。
(あとで聞いてみましょう。ガイの親しい友人なら紹介してもらいたいし)
「本日は天候にも恵まれましたね。取引にふさわしい日だ」
レオノールは惜しみなく笑顔を見せている。
「ではさっそくこちらの契約書を確認いただいて」トールがテーブルに書類を並べた。「異論がなければ、レオノール氏とポータリー公爵の両名の署名をお願いします」
レオノールが頷いてペンを手に取ったとき、ポールが口を開いた。
「やっぱり、やめませんか」
一同が固まった。
ポールの一言は川の流れをせき止めるには充分だった。
「考え直しませんか、おじさん」
「……いまさら惜しくなりましたか」神妙な顔でレオノールが問う。「借金はどうするんですか」
「借金はどうせいずれは僕が背負うんでしょ。だったら僕が領地経営をがんばるよ。サラおばさんに教えてもらいながら、いますぐに始めたい。やれるだけやってみたい」
「ずぶの素人は理想が高くて困りますね。夢ばかり見る」
レオノールが鼻で笑った。
「がんばるなんて言葉、お前の口から初めて聞いたな」
公爵は驚いて目を剥いた。
「これ」ポールは金貨を十枚テーブルに置いて、肩をすくめた。「今の僕の全財産。銀行への返済に充ててほしい。今はこれしかないけど、足りない分は海外にいる両親に手紙で知らせるから、数ヶ月後には用意できると思う」
「だめだ」「だめよ」
公爵とサラが同時に叫んだ。
「おまえの気持ちは嬉しいが、それはダメだ。一族全員が惨めな暮らしになる」
「後ろめたい気持ちはわかるけど、これは違うわ。公爵家の負債はわたくしたちの落ち度なんですからね」
トールがこほんと空咳をした。
「これでは支払いの十分の一にも足りませんよ」
トールの指摘は正しい。トールはレオノール氏と視線を交わした。
「早く署名してください」
自分の分を書き終えたレオノールがペンを公爵に渡した。公爵はインク壺にペン先を沈め、ゆっくりと引き上げたが、そのまま手を離した。インクのシミがひとつ小花のように、テーブルに咲いた。
「……忘れておった」
公爵はポケットを探り、小さな巾着袋を取り出した。数字の小さな小銭がたくさん入っている音がした。
「土地を買い取りたいという農夫が何人かやってきてな、とりあえず預かっておいた分だ。泥棒が多いんで肌身離さず持ち歩いていたんだよ」
小銭は金貨一枚分にも満たない額だった。だが農夫にとっては精一杯の額だろう。
「そんなはした金でどうなさるおつもりですか」
トールの声は冷たい。




