27
「わたくしは善意で……」
「じゃあ、俺は帰るぜ」
「あら、もう帰るんですの? もう少し一緒にお話しましょうよ」
引き留めようとする自分自身を、サラは不思議だと感じていた。
生活が一変して不安なのだろうか。ルーティンであるバラ園の手入れが出来ないから落ち着かないのかしら。
(いいえ、わたくし、お友達がほしいんだわ)
「俺も暇じゃないんだよ。復讐の天使という仕事があるんでな。話し相手が欲しいんだったら、東側の公園出口を出ると文具を扱っている店がある。自分が主張したいことを紙にまとめておくといい。自分と対話するのがいいよ」
ずいぶんとさみしいことを言ってくれるものだ。だがガイに甘えるのはここまでにしよう。これからは自分で道を切り開かねばいけないのだから。
サラは文具店によってから、昨夜泊まった格安フラットに戻り、一週間分の先払いをすませた。大家は歓迎して迎えてくれた。主にダチョウを。
翌日の午後。サラはダチョウにのって法律事務所に向かった。ぶ厚い日記帳を小脇に抱えている。
集ったメンバーは昨日と変わらない。夫である公爵と愛人のアシュリー、弁護士のトールと調停員のレイン、そしてサラである。
ふと仰ぎ見た先、向かい側の壁には象牙が飾られている。来客に向かって大きく突きだす形である。昨日は緊張していたためか、彼らの後ろに象牙があることに気付かなかった。
もし気付いていたら、怯えていたかもしれない。こけおどしの威嚇だとわかっていても。
象の後方支援があるのに、トールはむっつりとした顔だ。
「サラ夫人、少しお顔の色がすぐれないようですが」
「ここはテニスコートだったかしら。打ち返しますわ、その台詞」
「イラつくのも当然でしょう! 帳簿が見当たらなかったんですがね!」
相当探し回ったのだろう。サラの机も、鍵のかかった引出しも、下着の入ったクローゼットもひっくり返したに違いない。
「もし見つかっていたとしましょう。私が浪費した証拠が記載されていなかったとしても、貴方はここに持ってきますか?」
「あたりまえでしょう。隠滅などしませんよ」
それはどうだろう。サラは日記帳をテーブルにのせた。
「これは帳簿の代わりです。一晩かけて思い出せるかぎりのお金の出入りを書いてきました。
文具屋で購入した日記帳である。昨夜一晩かけて、自分との対話を書き留めたものだった。
「なるほど。ちょっと見せてください」
レインがページを繰り、ほう、と溜息をついた。
「日付は5年前からですね。驚きました、ずいぶんと詳細に書かれていますね。これは本当に思い出しながら書かれたんですか」
「ちょっと見せてくれ」
目を血走らせたトールが、レインの手から日記帳を奪い取った。




