傲慢の敗北〜アリス
お久しぶりの更新でございます。既存の話はちょいちょい加筆修正していましたが、新しい話の投稿は久々ですね。
今回はループ終了後、アリスとサイのエピソードとなります。
「ねえアリス。どうして兄さんの気持ちを徹底的にスルーしてるわけ?」
いきなりのジェナの問いに、危うく私はジュースを吹き出すところだった。
酒に酔っているわけでもないのに――現に彼女が手にしたカップに入っているのは、ノンアルコールの炭酸水である――デリカシーに欠けすぎる質問はどうなのだろうかと心底思う。まあジェナらしいと言ってしまえばそれまでだけれど。
「何よ、悪い? 酒場や食堂じゃなく私の家で聞いてるんだから、不特定多数の耳に入るわけでもないし問題ないでしょ」
「それはそうだけど……だからって、答えにくい質問なのは場所がどこだろうと関係ないもの」
「まあね。けどはっきり言うと、見てるこっちはとにかくやきもきしてるのよ。認めるのは悔しいけど、これ以上ないくらいとっても悔しいけど色んな意味でお似合いな兄と幼なじみが、いつまで経っても関係が進展する気配もないっていうのは、とにかくもうじれったいやら腹が立つやら……」
ぐいっ、とまるでやけ酒のように木製カップに口をつける。
「要するにね、私は兄さんの気持ちを無視されてるのが、妹として何より気に食わないの。分かるわよね? その気持ちは」
「……う、うん。分かるけど……」
……リーゼロッテお姉様のお気持ちというものを、理解したつもりでその実は徹底的に無視していた過去の自分を思い出し、心の古傷がずきずき痛む。
けれど、その痛みが――過去があるがゆえに、私はサイの気持ちを受け入れるわけにはいかないのだ。
「けど、何よ。兄さんのことは嫌いじゃないのよね? あくまでも友達でいたいから迷惑ってこと?」
「嫌いじゃないわ。好意を持ってくれること自体は嬉しいし……でも私は、サイと幸せになる資格なんてないのよ」
「は? 何それ」
突拍子もない話に聞こえたのだろう、ジェナは怪訝そうな顔になった。
――説明、しなくてはいけないのだろう。事情を全てではないにしても、ある程度は。
私は話し始めた。ジェナとサイ、兄妹どちらにも嫌われることを覚悟して。
かつてリーゼロッテお姉様に、自分の理想をただただ押し付けて実像を見ようとしなかったこと。そのせいで悪意なく彼女の心をさんざん痛めつけ、家族としての縁を切られるくらいに追い詰めてしまったこと。――誰より愛する存在をそんな風にしてしまった私には、誰かと結ばれて幸せになる権利も、誰かを幸せにする資格も自信もないということ。
話し終えた私は、ジェナの顔を見られなかった。
彼女は今でこそこうして仲良くしてくれているけれど、それはモニクス家での私の過去について何も知らないからだ。その兄のサイも――一度目のやり直しで、私がお姉様にしたことの一部を知ったサイは、私のことを明らかに軽蔑したのだから。
別にそのことを責める気はない。私にそんな資格などない。あの彼と今の彼は直結していないということもあるけれど、反応自体は至極真っ当なものだったし。
……そんな至極真っ当なサイだからこそ、彼に私のような存在が相応しいわけがないのだ。私みたいな、愛する人を不幸にしかできない女が――
「――ああ。それで再会してからは、妙に兄さんにはよそよそしくしてたわけね? 自分に深入りして不幸になってほしくないから」
「……うん。ジェナだって、サイにはまともな幸せを掴んでほしいでしょ? 私みたいな、大事な人を不幸にしかしない女との将来なんて、サイは考えるべきじゃないの」
「そりゃあ、兄さんに幸せになってほしいのはそうだけど……でも、アリスのその気持ちもやっぱり、独りよがりで傲慢じゃない? ねえ兄さん」
「え」
とん、と。ジェナの声に応えるように、テーブルに新しいグラスが置かれた。
それを持ってきたのは当然――
「サイ……どうして」
「そりゃあ、ジェナが『アリスの本心を聞き出してあげるから、兄さんは聞こえる範囲で待機してて!!』って言ってくれたから」
「んなっ……!!」
「ホホホホ、そういうことよ。じゃあアリス、あとはちゃーんと兄さんと話し合ってねー。今後どうするにしても、それが礼儀ってものなんだから」
「待ってよジェナーーーっ!!」
私が呼び止める声など聞いてくれるはずもなく、ジェナはダイニングを出ていった。
残されたのは、目の前に座ったサイと私の二人きり。
……気まずい。この上なく。
チク、タクと。時計の音がただしばらく響き――
「ジェナも言ってたけど……意外にアリスって傲慢なんだな?『自分に深入りする人は不幸になる』なんて、一方的な判断で決めつけるんだから。色々あったことは分かるけど、だからって自分の判断は絶対に正しい! って思い込むのはおかしくないか?」
「そ、そんなことない! だって私は現に、お姉様に酷いことをして、それで――」
「それで、何? そのお姉さんは今も不幸なままなのか?」
「まさか! お姉様は今はとても幸せよ。結婚もして子供も生まれて、温かい家族に囲まれて……でもそれは何もかも、私がお姉様から離れたから叶ったことなのよ」
それは間違いないと思うし確信もしている。だから私は、お姉様と関わるべきではないと思ったのだ。私が関わることで、お姉様の幸せに陰を落とすなんてことは絶対にしたくない。そう強く、心から思ったから。
だから――
「うん、だからさ。――大事な人を思って身を引く判断ができる人が、その人を不幸にしかしないっていうのはおかしいだろう、ってこと。つまりそれって、身を引くことで大事な人を幸せにしたんだろ?」
「……え……っ」
絶句した。……まさかそんなことを言われるなんて、あまりにも予想外で。
確かに、見方によってはそんな解釈もできるかもしれない。――でも、私への評価としては甘すぎるにもほどがある。
「だって、そんなの……私がほんの少しだけ、マシになったってだけだわ。以前の私は自分の都合しか考えず、ただ私の幸せのためだけに、ひたすらお姉様に対して厚かましさの極限を極めた行動をし続けたのよ。そんな私が今更、幸せになっていい理由なんてどこにもないの。そんなことを望めばまた、誰かを不幸にしてしまうに決まってる。――だから私は、幸せになんてなっちゃ駄目なの」
「……アリスって、昔からだけど思い込み強すぎだよな」
「うぐ」
急所を突かれて言い返せない。
実際、思い込みが強すぎるせいで、「リーゼロッテお姉様こそ私の理想のお姉様!」と信じ込んで暴走してしまった自覚は痛いほどある。
分かっている。でも……
「……私は、私のせいでサイに不幸になってほしくない」
「だからどうしてそうやって、『自分のせいで俺が不幸になる』って決めつけるんだよ。俺は、アリスと一緒に幸せになりたいのに」
「…………っ!?」
これ以上なくストレートな言葉をぶつけられ、ぽんっ、と顔が赤くなった。
――どうしよう。凄く嬉しい。そんな風に感じちゃいけないって分かっているのに、その言葉だけで幸せだと思えてしまう。
駄目だ。こんな顔、色んな意味でサイには見せられないし見せたくない。
頬を押さえてうつむいた私の手を、そっとサイが掴んで軽く引き剥がした。
「……離して……」
「俺の頼みを聞いてくれたらそうする。心配しなくても、付き合ってくれとか結婚してくれとかそういうことじゃないから」
「…………?」
どうにか顔を上げれば、サイはとても真剣な顔と、酷く優しい目をしていた。
「アリスはこう言ったよな? 大事な人のために身を引けるようになったのは、私がほんの少しだけマシになったってだけだ、って。だったら……アリスと長くいることで俺が不幸になるって言うなら、そうなりそうだとアリスが思った時に、俺に直接教えてほしい。身を引くにしても、何も言わずに消えたりとかそういうことは絶対にしないで、アリスの口から俺にちゃんと話してほしいんだよ」
「……サイ……」
掴まれた手が震えている。その震えは私のせいか、それともサイか。あるいは二人ともが原因なのか――
「だからそのためにも、アリスには俺のそばにいてほしい。俺の幸せのためにも、アリスのその……不幸体質? の証明のためにも。……駄目か?」
「……何それ。凄い屁理屈……」
言葉とは裏腹に、くすっと笑いがこぼれてしまう。
なのに何故か目が熱い。今にも泣き出してしまいそうなほど。
「分かってるよ。でも、こうでも言わなきゃアリスは、自分の意志で俺のそばにいてくれないだろ? 俺は別に、無理にアリスを繋ぎ止めたいわけじゃないから」
「……そこはもうちょっと、強引になってくれても……」
「いいのか?」
「……やっぱり駄目」
「何だそれ」
そんな風に、二人でひとしきり笑い合ってから。
「じゃあ……仕方ないから、サイの望み通りにしてあげるね」
「ああ。よろしく、可愛くて傲慢なアリス」
そうして始まった、サイと私の時間がどんなものになったかは――
「あああもう! 兄さんとアリスが幸せそうなのは何よりだけど、見てるこっちが胸焼けしそうよ加減しなさいよね!!」
というジェナの叫びが、何よりも端的に表すことになったのだった。
オチ要員ジェナ。適度なブラコンの妹は書きやすくていいなあ。
サイとアリスは再会系幼なじみということもあって、お互い変に猫をかぶる必要もなく自然体でやっていけるカップルだと思います。アリスにはループのこと含め言いたくないことはたくさんありますが.サイ側にも大なり小なり黒歴史はあるだろうしお互い様ということで。




